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【Researcher's Eye】
留学生の日本語学習

2020/04/17

  • 田中 妙子(たなか たえこ)

    慶應義塾大学日本語・日本文化教育センター副所長、教授
    専門分野/日本語教育、日本語学

日本語・日本文化教育センターは多くの留学生に日本語学習の機会を提供している。初級から上級まで様々なレベルの学生がいるが、今は初級でも、いずれ研究や職業に使う高い水準の能力を獲得したいという要望も多い。また、彼らにとって日本語は単なる教養ではなく、日本での生活や学習に不可欠な道具でもある。そのため、教育には将来を見据えた基礎作りと今すぐに使える即戦力の養成が同時に求められる。

19世紀後半にヨーロッパで起きた外国語教育改革運動では、従来の文法訳読法が批判され、媒介語を用いずに学習目標の言語のみで教え、音声を重視する直接教授法が提唱された。この流れを汲む理論は多くあるが、日本語教育に特に影響を与えたのは1922年に来日したH・E・パーマーによるオーラル・メソッドである。この教授法では、学習の初期段階には文字に頼らず、聞いて言うことの反復によって言葉の音と概念を直結させる訓練を行う。具体的な場面の中で絵や動作を使って例文を示し、文法の説明は最小限に止める。例えば、最初に教える「私は田中です」という名乗りの文も、教師は「は」や「です」の意味機能を説明しない。自分を指す動作と名札によって何を言っているかを学生に推測させ、学生にも真似をして名乗らせる。続いて学習する「これは本です」「そこは教室です」など同じ構造の文から、学生は「~は~です」という1つの構造パターンが主部と述部をつなぐ働きをすることを帰納的に理解していく。

このような教え方は効率が悪いという声もあるが、直接教授法の理念と教育技術を知る専門の教員が周到に練った教案を基に授業を行えば、細かい文法解説に時間を費やす代わりに話す練習に多くの時間を充てられ、むしろ効率的である。また、様々な機能を持つ文の構造パターンを使う練習を通し、学生は文の骨格に語彙の肉付けをすることによって自らの表現意図を即座に言語化する術を習得することができる。柔軟な若者達はこの方法にすぐに慣れ、練習を楽しむようになる。1学期間集中的に学べば、初学者でも基本的な日常会話に困らなくなり、次は書き言葉の学習にも進む。留学生の日々の努力の結晶である日本語に耳を傾け、彼らの理解しやすい日本語で話す努力をすることも、また1つの国際交流なのではないだろうか。

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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