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【Researcher's Eye】
「破壊」に魅せられて

2020/03/18

  • 菊池 将一(きくち しょういち)

    静岡大学工学部准教授・塾員
    専門分野/ 材料強度学

「破壊」という言葉を聞いて皆さんはどのような印象を受けるだろうか? 大半の方がおそらくネガティブなイメージを思い浮かべることであろう。世の破壊に対するネガティブなイメージは必然である。なぜなら、航空機・自動車などの輸送機やインフラ機器の破壊は「事故」として我々の生活を脅かし、場合によっては人の命を奪うこともあるからだ。しかし、破壊の研究に取り組む工学研究者のマインドは決してネガティブではない。むしろ「世の中から破壊をなくしてやろう!」というポジティブな意気込みで研究に臨んでいる。実験室で金属を破壊させては原因を探求する日々、世の破壊をなくすための取り組みは地味であるが意義深い。

「破壊をなくす」対象は、なにも機械構造物に限ったことではない。普段我々が口にする物も破壊と関連している。筆者の本家は岡山県倉敷市で造り酒屋(菊池酒造株式会社)を営んでいるが、日本酒を造る工程では「いかに破壊させないか」が重要視される。精米工程では砕けないように米を磨く技術が必要とされ、洗米や麹(こうじ)造りでは米が砕けたり割れない(破壊しない)ように作業することが求められる。発酵工程では、酵母をいかに死滅させないか、かつ順調に育成するのが美味しいお酒造りの秘訣となる。酵母が死ぬと細胞壁が破壊されて不要なアミノ酸が飛散してしまい、雑味が出たり香りがくずれたりする原因となる。

また、より適切な表現を用いれば、破壊を「なくす」よりも「コントロールする」ことの重要さも最近痛感している。筆者が顧問を務める医療系民間企業(ドクターズ株式会社)では、400名強の現役医師チームによるクラウドソーシング事業の1つとして、開封検知付きのアルミ箔を使用した服薬管理システムの開発を進めている。特殊センサー付きのアルミ箔が破壊(薬が開封)されると、スマートフォンにより担当医師が患者の服薬を検知し、薬の飲み過ぎや飲み忘れをモニタリングすることができる。そのため、服薬する時だけセンサー付きアルミ箔を患者が簡単に破壊できるかどうかがポイントとなる。破壊のコントロール実現に向けたアルミ箔の絶妙な強度設計は、工学研究者の腕の見せ所である。

破壊に魅せられた筆者は、あらゆるモノを破壊と結びつけてしまう職業病にかかっているようだ。

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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