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【Researcher's Eye】
金融政策は「サイエンス」かつ「アート」

2020/02/13

  • 白塚 重典(しらつか しげのり)

    慶應義塾大学経済学部教授 専門分野/金融論・日本経済論

中央銀行が物価の安定を目標として運営する金融政策は、「サイエンス」と「アート」の双方の側面をもつ。前者の観点では、マクロ経済モデルによる理論分析とデータを使った実証分析を基に金融政策の運営を立案し、成果を検証する科学的アプローチが強調される。他方、後者の観点では、マクロ経済や金融市場の動きから微妙なシグナルを読み取り、より的確な政策判断につなげる職人芸的要素が重要とされる。

1990年代には、ニューケインジアン・モデルと呼ばれる動学的一般均衡モデルが発展し、標準的な金融政策運営枠組みであるインフレーション・ターゲティングを支える理論体系が確立された。こうした中、金融政策の「サイエンス」としての側面がより強く意識されるようになっていった。

ところが、2008年以降のグローバル金融危機の中で、再び職人芸的な「アート」の重要性が高まった。多くの先進国中央銀行がゼロ金利制約に直面し、多様な金融資産を買入れ、中央銀行のバランスシートを拡大させる非伝統的金融政策を採用したが、非伝統的金融政策を巡る理論的・実証的研究の蓄積は十分とは言えない。従来広く利用されていたニューケインジアン・モデルでは、金融政策のスタンスが政策金利に集約され、中央銀行のバランスシートやマネー・信用量は登場せず、理論モデルの拡張が急務であるが、なお道半ばである。

金融政策の判断は、各時点で利用できる情報を全て使い、リアルタイムで判断していく。こうした政策判断をより頑健なものにしていくためには、理論的・実証的な研究を積み重ねることで金融政策の「サイエンス」を磨くと同時に、学問的蓄積を変貌する金融経済環境の中で的確に活かしていく「アート」を継承していくことも重要である。

わが国では、1990年代末以降、政策金利を将来にわたってゼロ近傍に維持することを約束するゼロ金利政策や中央銀行の当座預金残高を一定水準まで増加させる量的緩和政策、そして現在の量的・質的金融緩和に至るまで、様々な非伝統的金融政策を先駆的に採用してきた。経済学部を卒業した後、32年間エコノミストとして勤務した日本銀行での経験を活かして、金融政策の「サイエンス」と「アート」を繋ぐ研究や教育をしていきたいと考えている。

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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