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【Researcher's Eye】
経済活動を「仕訳」で描く

2020/01/11

  • 平野 智久(ひらの ともひさ)

    福島大学経済経営学類准教授・塾員
    専門分野/会計学(財務会計論)

[設例]得意先であるC社へ4カ月前に商品70円を、先月には商品90円を販売しています。本日、商品60円を売り渡しましたが、「年間の取引高が300円を超えた場合、遡及(そきゅう)的に5%の割戻(わりもどし)をおこなう」という条件をふまえると、どのような会計処理(仕訳)をおこなうべきでしょうか。

大学における初年次の簿記科目では、多くの場合、企業の財務諸表をどのように作成するかが講義されます。専門用語が並ぶテキストを手に、まずは「電卓を持って計算問題に慣れる」、そして「蛍光ペンを引いて会計基準の文言を暗記する」……つい先日まで高校生だった諸君には想像しづらい取引も少なくありません。それでも各種試験の合格に向けて答案練習を繰り返し、「どのような仕訳をおこなうと‶正解"か」を身につけていく姿がみられます。

商品やサービスを顧客へ提供して代金を受け取る、という日常的な販売活動は企業経営に欠かせません。その成果は「年間の売上高」として損益計算書の1番上に記載されますが、背後には販売促進のための工夫があります。2018年3月に公表された「収益認識に関する会計基準」はすべての企業に適用されるものではありませんが、各社各様に処理されていた割戻は新たに「変動対価」と整理されました。

結論的には、[設例]における本日の売上は49円と算定されるようです。割戻条件に達していなくとも、それまでの売上合計220円に5%を乗じた11円を控除して「取引価格」を算定する旨が定められたためです。しかし、現実には「商品60円を売り渡した」だけであって、割戻は将来の可能性に過ぎません。納品書や請求書などの証憑(しょうひょう)には60円と記入しても、仕訳帳には49円……「将来」の割戻も織り込んで「現在」の売上を決める新時代の到来でしょうか。

一般的には「財務諸表を作成するため」に仕訳をおこなう、という感覚かもしれません。これに対して「仕訳には企業の経済活動を表現する能力があるかも……」という意識からは、売上は60円と記入しつつ、将来の割戻は潜在的な売上の減少として備えておく‶別解"も柔軟に導けることでしょう。

なお、「税務」では60円が益金の額に算入されるようです。簿記と会計、そして税務を巡る仕訳の旅は続きます。

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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