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【Researcher's Eye】
現場に行こう

2020/01/24

  • 春山 真一郎(はるやま しんいちろう)

    慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科教授 専門分野/ I T、通信

私は、いつも様々な企業と共同研究を行っている。私と同じ分野のITや通信関連の企業と共同研究を行うだけでなく、異分野の業界と共同研究することも多い。例えば、建築、土木、運輸、機械などの分野の企業とお付き合いをしている。異業種の方々と議論すると未知の世界を知ることができるので大変楽しいのであるが、共同研究においてはなんらかの問題に対して新しいソリューションを提案したり技術を発明したりすることが求められる。そのために私は問題が発生している現場に行き、自分の肌でその問題を感じることを努めて行っている。現場に行ってその環境を体感し、その現場で関係者から色々な話を伺うと、何が問題なのかが五感を通じて伝わってくる。

例えば、ある建築業界の企業と、建築施工の工程の一部をIT技術で自動化する共同研究を行っているが、まず現状を知るために建築現場を訪問した。私は作業員と同じヘルメットをかぶり危険な枠組足場を歩いたが、それを経験することによって真の制約条件が分かるので、その条件下で実現可能なIT技術を提案することができる。これは資料を読むだけではなかなか分からないことである。また、鉄道運輸業界の企業との共同研究では、列車と地上間の高速光空間通信の研究を行っているが、列車が走っていない深夜の時間帯に、関係者とともに線路を歩いたことがある。歩くことによって現場の線路沿いの様々な施設を自分の目で確認しながら詳細な制約条件を知ることができるので、より現実的な提案に結び付けることができる。

関係者のお話を伺うだけでも問題点を知るのには大変役立つことが多い。例えば、ある企業と視覚障碍者のためのナビシステムの共同研究をした時に、障碍者の方々にどのようなことに困っているかを直接伺ったことがある。そこで知ったのは、視覚障碍者はトイレのなかでは手探りで便器を探す必要があること、夜道の街路灯の光をわずかでも認識できる視覚障碍者はそのあかりを頼りに歩いていること等、健常者である私には驚くことばかりであったが、これらの困りごとを知った上で新しいITシステムを提案することができた。

今後も異業種との共同研究では、現場に行って五感で感じ、関係者に共感する努力を続けていこうと考えている。

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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