三田評論ONLINE

【Researcher's Eye】
身体が研究を形づくる

2019/12/19

  • 仲谷 正史(なかたに まさし)

    慶應義塾大学環境情報学部准教授(有期) 専門分野/ 神経科学・触覚科学

SFCの特徴は、研究会システムです。研究会を主宰する教員の専門性の視点から、学生の興味を追求する場だと私は捉えて運営しています。環境情報学部に着任して3年目となり、現在では35名で活動しています。

大学教育の現場にいると、20代の世代を通して社会が直面している課題が多面的に立ち現れます。研究会における学生との議論で特に感じることは、学生自身の実体験に基づく考えと、知識として知り得た情報に基づく考えとの違いです。

神経科学者のアントニオ・ダマシオ博士は、情動や感情が、身体への感覚入力に基づいて生まれるだけでなく、脳内の身体表象に基づいても生まれうることを述べました。脳内に身体表象を持つ理由に、身体感覚に基づく現在の状況理解だけではできない、身体表象に基づく未来の予測を迅速に行える。このように著書「デカルトの誤り」にて指摘しています。

自分の実体験に基づく知識が、身体への感覚入力を介して得られるのだとすれば、他者が発信した情報は、あたかも実体験したかのように得た「脳内の身体表象」的な知識に相当します。このような知識は、実体験はいりませんので、迅速に取得できます。しかし、その知識が持つ意味の重さ/軽さについては「予測」でしかありません。このような「あたかも体験」に基づく議論は、実体験に基づいた議論に比較して、表層的になる印象を私は持っています。現代人は多様な情報チャネルを介した大量の情報にさらされているがゆえに、その情報を処理することが目的になることがあります。すると、集めた情報の重みを自身の身体で味わうことなく、「脳内の身体表象」による予測に基づいて議論してしまうことがあるように感じます。Gut feeling のない議論は、何かを言葉を発していても、聞こえてくる言葉には重みも温度もありません。

私の研究会では、メンバー各個人が「心に刺さった」「ぐっときた」経験に基づいて、個人研究テーマを設定するように心がけています。実体験に基づかない研究テーマは、研究に携わる本人の脳内の身体表象には合理的な内容であっても、生命の座である身体には違和を感じさせるからです。身体がGut feeling を通して反抗し続ける研究を続けることはできないし、本人も楽しいと感じないでしょう。研究は心が叫ぶ方へ、その心は身体が形づくると、私は考えています。

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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