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【Researcher's Eye】
研究の方向性の再設定について

2019/11/21

  • 荒金 直人(あらかね なおと)

    慶應義塾大学理工学部准教授 専門分野/ 哲学・科学論

私は1992年から2003年までフランスに留学して哲学を学びました。そして2006年から本塾理工学部の専任教員となり、同時に「科学と哲学」という科目を担当することになりました。元々はフランスの哲学者ジャック・デリダのヘーゲル解釈についての博士論文を書き、現代西洋哲学の中でも哲学史への関心が比較的高い分野で研究をしていたので、「科学」というのはそれまでの私にとっては必ずしも主要なテーマではありませんでした。

「科学と哲学」は理工学部の3・4年生向けの総合教育科目です。これから科学技術に関わる分野で活躍するであろう学生たちに、哲学的な見地から科学を論じる深みのある思想に触れてもらうことで、豊かな視野を持ってもらいたいという思いから、試行錯誤をしました。しかし、例えば哲学者ハイデガーが提供するようなスケールの大きな深い思想と、その思想から見えてくる科学や技術の姿についての講義をしたとしても、科学者・技術者にとって具体的な行動の指針には繋がりにくいという問題がありました。

そんな中、2012年春からの2年間、改めてフランスで留学をする機会を得て、「科学と哲学」の授業内容を再検討するだけでなく、より根本的に、私の今後の研究の方向性を再設定するための時間を持つことができました。私自身が哲学的に深く共感でき、研究対象としての手応えを感じることのできる思想、そして同時に、現代の科学技術に対するある程度具体的な考察を含んでおり、理工学部の学生たちの関心を引くことのできる思想、そんな思想を、ブリュノ・ラトゥールという哲学者のもとに見出すことができたと思い、彼の思想を新たな研究対象として設定することにしました。

このような経緯で、2014年度からの「科学と哲学」では、ラトゥールの哲学と科学論を中心に据えた講義を行っており、私自身の研究の方向性も、それに合わせて再調整することになりました。このような調整は、専門性の変更を含むものなので、時間的にも労力の上でもそれなりの犠牲を伴うものですが、必要なことだったと思っています。どんな研究者も自分の研究の方向性の変化という事態に直面することがあるのではないかと思いますが、私の場合はそれが、1つの科目へのこだわりに関係していました。

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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