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【Researcher's Eye】
アジア料理紀行

2019/11/08

  • 岩間 一弘(いわま かずひろ)

    慶應義塾大学文学部教授 専門分野/東アジア近現代史

「中国料理の世界史」を書くことを目標として、アジア各都市へ旅行に行かせてもらっている。今年に入ってからも、いずれも数日間ながら、ホーチミン、シンガポール、バンコク、北京、ジャカルタ、マニラと行ってきて、この後、ハノイ、ソウルへも行く予定がある。世界史上における帝国の興亡や国民国家建設が、アジア各国の料理形成にどのような影響を及ぼし、中国料理の位置づけをどのように変えてきたのか、といった視点から資料を集め、話を聞き、街を歩き、料理を食べながら、歴史に思いを馳せる時間は楽しい。

そんなアジア料理紀行で、もちろん一番うれしいのは、新たな知見の根拠になりそうな文献資料にたどりついた時であるが、頻繁にあることではない。それ以外にも、その国や街に行って初めて気づけたことは何より貴重だし、そして、未知の美味しい食べ物にめぐりあえた時は幸せである。人それぞれ嗜好の違いはあろうが、やはり国民に広く愛される「国民食」や、現地の新鮮な材料で作った現地料理は美味しいことが多い。例えば、日本でもよく知られるベトナムのフォー、タイのパッタイ、シンガポールの海南チキンライスやバクテー(肉骨茶)などは、現地でその美味しさを再発見し、はっとさせられる。また、現地に行ってから初めて知った料理のなかでも、フィリピンの「国民食」といえる「シニガン」(タマリンドの酸味が特徴のスープ)などはとくに美味しかったし、ジャカルタでは店先に大皿の肉・魚・野菜料理を数多く積み重ねる「パダン料理」をあまりによく見かけて驚いた。

同時に、海外に行くとつい気になってしまうのが、現地での東アジア3カ国(中国・日本・韓国)の評判である。料理に関しては世界的な動向として、長い歴史を有する中国料理の影響は大きく、とくに東南アジアでは深く浸透している一方、寿司やラーメンを牽引役とする近年の日本料理の人気・地位上昇はめざましく、他方で韓国料理はドラマや音楽の人気に比べるとまだ影がうすい。とはいえ例えば、イスラーム教国インドネシアでは、中国料理は豚肉が入っているのではないかと恐れられて普及が遅く、キリスト教国フィリピンでは、中国料理が庶民料理として定着し、日本料理が高級料理として台頭し、韓国料理店も少なくないなど、国によって大きな違いが見られることは興味深い。

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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