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【Researcher's Eye】
やる気と根気

2019/10/09

  • 田中 謙二(たなか けんじ)

    慶應義塾大学医学部精神・神経科学教室准教授 専門分野/神経化学・神経薬理学

「うちの子供のやる気を出すにはどうすれば良いでしょうか」「意欲的な方を募集します」。意欲にかかわる言葉は、私達の日常に溢れている。前者は教育の場面で、後者は就職活動で目にするだろう。意欲が高いことが良いことと評価され、意欲が低いことは避けるべきこととなっている。精神科臨床においても意欲を扱うことが多い。うつ病の中核症状の1つは意欲が出ないことであり、認知症のリハビリを阻害する要因もまた意欲障害である。これらの事情から、脳科学研究において意欲がどのような脳の活動によって支えられるのかを明らかにする研究は、1つの柱として掲げられている。

私の研究室ではマウスを使って意欲を研究している。マウスに意欲!? と読者の皆さんは目を点にすることと思う。ところが、心理学の貢献によって、ヒトでも実験動物でも意欲を評価することができる。歴史的には、鳩を用いた意欲研究の枠組みが作られた。クチバシでツンツンとレバーをつつくとエサがもらえるという関係性を覚えると、お腹がすいた鳩がもっとエサを欲しいとツンツンつつく。例えば 100回つつくことができたらエサをあげるという条件で、これを一気にやり終える鳩、ぐずぐず取り組む鳩、できませんと白旗を揚げる鳩など様々にわかれる。ここでのポイントは、意欲という心の有り様を、態度・行動で評価している点にある。ヒトにおいても意欲の評価は難しく、いくら口で「私は意欲的に仕事に取り組みます」と言われても、実際に働く姿を見ないことには評価できない。さらに、意欲は取り組む姿に加えて、当初の目標を達成できるかどうかも評価ポイントになる。

レバーをおすとエサがもらえる関係性を学習させたマウスを実験に用いる。マウス研究でわかったことは、意欲的に行動するために、まずやる気が必要になること(さっと行動に移す)と、やる気に加えて粘り強く行動を持続させる根気がそろって初めて目標を達成できることである。さらに、やる気と根気にかかわる部位が異なっていたことも発見できた。やる気と根気の脳内メカニズムが違うからこそ、やる気はあったのに根気が無かった三日坊主という結末があり得るのだ。ヒトの意欲をはかるには、マウスと同様に実際にやらせてみるのに限る。

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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