三田評論ONLINE

【Researcher's Eye】
アメリカでアラブ料理を食べ歩く

2019/10/11

  • 山本 薫(やまもと かおる)

    慶應義塾大学総合政策学部専任講師 専門分野/アラブ文学

先日、米国デトロイトを訪れた。自動車産業の中心地デトロイトは同産業の斜陽と共に衰退し、全米でも治安最悪といわれる。音楽ファンなら自動車の町にちなんだモータウンの名称で知られる音楽レーベルを思い浮かべることだろう。私もファンの1人だが、一番の目的はそこではない。

実はデトロイト都市圏は全米最大のアラブ系人口を擁し、中でも近郊のディアボーンは住民の3割以上がアラブ系の町なのだ。全米最大のモスクもこの町にあり、フォード本社のすぐ近くにはアラブ系の歴史を伝えるアラブ・アメリカン博物館がある。私の友人ジャッキー・サッロームがこの博物館の招聘で滞在中であると知り、彼女の案内で町を回った。

そもそも私がディアボーンを知ったのは、ニューヨークを拠点に活躍するアーティストである彼女がこの町出身のアラブ系2世だからだ。シリアとパレスチナ出身の両親のもと、この町で生まれ育った彼女は、子どもの頃はアラブ系であることを恥じることもあったという。しかし2000年にパレスチナで民衆蜂起(インティファーダ)が起こり、市民がイスラエル軍に弾圧される様をテレビで見た彼女は、現地で起きていることをアメリカ社会に伝える方法を模索しはじめる。その時、彼女が出会ったのが、パレスチナのラップだった。

ラッパーたちがアラビア語で思いの丈をぶつける姿に魅了された彼女は、彼らに密着したドキュメンタリーを完成させた。この映画を日本に紹介したいと考えたのが、私が彼女と知り合ったきっかけである。その後この映画は「自由と壁とヒップホップ」の邦題で劇場公開され、出演したラップグループDAMの来日公演も実現した。

アラブ・アメリカン博物館の充実した展示もさることながら、町のいたるところにあるアラブ料理店にこそ、アラブ系の人々の生の歴史が垣間見えるように思えた。ふらりと入ったスーパーにはレバノン、イエメン、イラクなど、アラブ各国の食材がずらりと並んでいた。人口減が進むデトロイトでアラブ移民の数は増え続けている。それは中東の政情不安の反映であり、一因は米国の政策にある。それでも郷土の食を心の支えに新たな絆をこの地で育む人々の幸せを願いつつ、友人が持たせてくれたアラブ菓子の大箱の重みをずっしりと膝に感じながら、私はデトロイトを後にした。

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

  • 1
カテゴリ
三田評論のコーナー

本誌を購入する

関連コンテンツ

最新記事