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【Researcher's Eye】
100年前と比べ感染症は克服できたのか?

2019/07/26

  • 松元 一明(まつもと かずあき)

    慶應義塾大学薬学部薬効解析学講座教授 専門分野/医療薬学・抗菌化学療法学

2007年、英国医師会が発行している『British Medical Journal』の読者を対象に、医学史上最も偉大であった業績が調査され、1位公衆衛生、2位抗生物質、3位麻酔、4位ワクチン、5位DNA構造の発見と報告された。1920年代にアレクサンダー・フレミングがペニシリンを発見し、1940年代に実用化され、それ以降数多くの抗菌薬が発売されてきた。加えて公衆衛生の改善、ワクチンの普及もあり、これまで死因の上位を占めていた感染症は治療ができるようになり、感染症の克服は間近に迫っているかのようであった。

しかし、病気を引き起こす細菌の方も、抗菌薬から身を守るために様々に対応し、薬剤耐性菌として生き延びてきた。薬剤耐性菌は抗菌薬を不適切に使用することで出現しやすくなる。一方で、新たな抗菌薬の開発は停滞しており、今後、耐性菌に対して有効な抗菌薬が存在しなくなることが心配されている。抗菌薬の不適切な使用に何も対策が講じられなければ、薬剤耐性菌による世界の年間死者数は、現在の70万人から2050年には1000万人になると予想されている。

現在の医療は抗菌薬が効くことを前提としている。例えば、抗がん剤や免疫抑制剤の使用により免疫力が低下し、感染症を発症した場合、有効な抗菌薬がなければ感染症で死んでしまう。また、手術後の感染症を予防するために手術時には抗菌薬が使用されるが、耐性菌が増えると予防することができなくなる。このように有効な抗菌薬がなくなれば、がん治療も手術も難しくなる。

このような背景のもと、私は耐性菌感染症を克服するための研究を行っている。具体的には、①耐性菌に抗菌活性を有する新規抗菌薬の開発、②薬剤耐性菌が抗菌薬を無毒化する酵素をターゲットにした酵素阻害薬の開発、③抗菌薬が感染部位にのみ高濃度で集積する、薬の送達に関する研究、④抗菌薬の有効性を高め、耐性菌が出現しないような個別最適化投与法の研究等である。

感染症が猛威を振るったフレミングの時代(100年前)に戻りつつある現在、まずは感染症にかからないように体調管理と予防を徹底し、抗菌薬が使用される機会を減らし、現存する抗菌薬の寿命を延ばす。その間に新薬を開発し、耐性菌が出現しない投与法を確立したいと考えている。

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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