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【Researcher's Eye】
目に見える税、見えない税

2019/06/24

  • 村上 裕太郎(むらかみ ゆうたろう)

    慶應義塾大学大学院経営管理研究科准教授 専門分野/ 税務会計

暗黙の税(implicit tax)というものをご存知でしょうか?2019年10月1日から消費税が10%に上がる予定ですが、増税時には必ず駆込み需要といった現象が起こります。商品の購入がわずか1日ずれるだけで、消費者は追加の税負担を強いられるわけですから、この行動自体は合理的だと思えます。とくに、住宅や自動車など購入金額が大きいほど増税の影響も大きいため、駆込み需要も大きくなるでしょう。

ここで、増税後の駆込み需要の反動を考えてみてください。お客さんが減った販売業者は何を考えるでしょうか。おそらく、価格を下げてでも商品を売ろうとするはずです。つまり、増税前にモノを買うことが必ずしも安く購入できるとは限らないのです。この増税前後の税前価格の変化は、まさに消費税の増税によってもたらされるので、これを「暗黙の税」と呼びます。つまり、暗黙の税とは、「税とは直接的に関係のない税前価格が、税の存在により歪められてしまうこと」によって生じます。この例で重要なことは、消費者は増税という「目に見える」価格の変化には大きく反応するのに、税前価格の変化にはあまり関心がないということです。

海外で面白い研究があります。米国では州レベルで小売税が導入されていますが、スーパーでの価格表示が税込か税抜かで消費行動が異なるかを米国の研究者が調べたところ、税込価格を表示した商品の売上高は、税抜表示の商品と比べ平均して約8%低かったのです。この8%というのは、ちょうど小売税の税率と同程度です。つまり、消費者はレジで税を上乗せされると知っていながら、値札(表示価格)に注目するという非合理な行動をとったと考えられます。

現在、日本では課税事業者の取引価格に関して、原則税込価格表示となっているものの、特例として税抜価格表示も認められています。実際、小売事業者の多くが税抜表示を採用しています。皆さんも、消費税が8%になって以降、レジの会計で「そんなに高い買い物をしたかな?」と気づいた経験がありませんか? おそらく、事業者側も税込・税抜の価格表示が売上げを左右することについて経験的に理解しているので、積極的に税抜価格表示をとっているのでしょう。

10月の増税以降、買い物の際は値札の価格が税込か税抜かを注意深く観察することをお勧めします。

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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