三田評論ONLINE

【Researcher's Eye】
新たな状況への移行を支援する

2019/06/20

  • 永田 智子(ながた さとこ)

    慶應義塾大学看護医療学部教授 専門分野/ 在宅看護学

学生時代から通っていた大学を離れ、平成29(2017)年4月に本学に着任した。国立と私立の違い、学生数の違い、カリキュラムの違いに戸惑いつつ、周りの方々の支援でどうにか1年が過ぎ、2年目は何とか仕事を回せるようになり、3年目にしてようやく周囲が見えてきた感がある。環境の違いに戸惑うのはやむを得ないにしろ、私自身が以前から他大学の教育に関心を持ち、仕事量を具体的に想像し、スケジューリングをしたうえで本学に来られれば、もう少し早く仕事に慣れることができたかもしれない。「土壇場にならないと動かない」困った性分である。

20年来研究してきた「退院支援」とは、まさに「新たな状況への移行」への支援である。在院日数が短縮化され、慢性疾患が増加し、在宅ケアが推進されている昨今では、多くの患者が入院前とは異なる身体状況、すなわち麻痺が残っていたり、治癒の見込みがないと宣告されたりした状況で、自宅に帰ることとなる。自宅療養を望んでいる場合でも、思うように動かない身体と向き合い、病状の進行を心配しながらの退院は簡単なことではない。

しかし、家での暮らしをイメージしながら部屋の模様替えや改装工事、物品の準備を行い、自宅で受けられる医療福祉サービスの手配をし、自分と家族の24時間の生活を具体的に思い描き、1週間、1カ月、あるいは1年の過ごし方について思いを巡らすことができれば、いくらか穏やかに退院することが可能になる。その際、医療的な知識と経験の豊富な看護師などの退院支援専門スタッフがいれば、病状やケアについて専門的なアドバイスを行うことができ、退院後の生活への軟着陸を助けることができる。

本来なら元気な時から、体が不自由になった時、治らない病気になった時に、自分が何を望み、家族はどう考えるかについて、思いを巡らすことが肝要である。従来「アドバンス・ケア・プランニング」と呼ばれていたが、今は「人生会議」という日本語名称が提案され、厚生労働省はアピールに力を入れている。しかし、私のように、事態に直面しないと動けない腰の重い人間も多いだろう。元気な時からの準備、いざとなった時の準備のいずれにも対応できるよう、「療養場所移行支援」について、今後も研究を進めていきたい。

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

  • 1
カテゴリ
三田評論のコーナー

本誌を購入する

関連コンテンツ

最新記事