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【Researcher's Eye】
今後のウクライナ政治を見る視点

2019/05/01

  • 大串 敦(おおぐし あつし)

    慶應義塾大学法学部准教授 専門分野/ロシア政治、旧ソ連諸国の政治

本稿執筆現在、ウクライナでは大統領選挙キャンペーン中である。現職のポロシェンコ大統領とティモシェンコ元首相の二つ巴の選挙戦かと思いきや、突如コメディアンとして有名なテレビタレントのゼレンシキーが有力候補者として飛び出した。何の政治経験もなく政治的見識も不明な人物(告白すると、この大統領選挙まで私は彼が何者なのかよく知らなかった)が急遽大統領の有力候補者となり、当選まで果たしてしまいそうである。

このような現象を見ると、ウクライナ政治で何が起きているのだろうと考え込んでしまう。外国でこのような現象は起きるだろうか。ロシアでは野党政治活動家のナヴァリヌィがいるが、彼は弁護士であり、政界の汚職を暴くといった政治的貢献があり、ゼレンシキーとは違う。アメリカのトランプでさえ、2016年の大統領選挙以前の2000年の大統領選挙に泡沫政党から出馬するなど一定の政治活動があった。

とすると、政治的経験のなさが逆にゼレンシキーの人気を支えているのだろうか。つまり、ウクライナ市民の政治不信を背景にして、まったく政治経験がないからこそゼレンシキーを国民が支持しているのだろうか。そう考えられなくもない側面はある。マイダンの政変で真っ先に暴かれたのは当時のヤヌコヴィチ大統領の蓄財であったし、その後も汚職は改善せず、ウクライナ国民の政治不信は根深いものがある。そして、既存の政治家を全く信用できないがゆえに無経験の候補者を支持している、との説明は一見説得的である。

しかし、この議論には抜け落ちている要素があるように思う。ゼレンシキーが人気を博したテレビ局のオーナーは、ウクライナの大富豪の1人で、ポロシェンコと対立してドニプロペトロウシク州知事を解任されたコロモイシキーである。実際、ゼレンシキーの背後にはコロモイシキーの影がちらつているように見える。ゼレンシキー自身は否定したが、仮にコロモイシキーがゼレンシキーのパトロンで、御しやすい人物としてゼレンシキーを推しているのだとしたら、一部の富豪が政界の裏で跋扈(ばっこ)する(そしてそれがゆえに腐敗はなくならない)構造は変化していないことになる。今後のウクライナ政治を観察する1つのポイントになると考えられる。

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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