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【Researcher's Eye】
二十八のノーベル賞の土壌

2019/04/16

  • 足立 剛也(あだち たけや)

    国際 Human Frontier ScienceProgram 機構 Scientific Officer・塾員  専門分野/ライフサイエンス、医療研究開発戦略、免疫・アレルギー)

Serendipity favors only the prepared mind.(セレンディピティは備えのある心にしか恵まれない)。

科学的大発見を失敗や偶然の中から見つけ出す力──セレンディピティについて述べたのはフランスの細菌学者ルイ・パスツールですが、彼の名を冠する大学がここストラスブールにあります。ドイツとの国境に位置する小さくも美しいこの街には、EU議会をはじめ様々な国際機関があり、グローバルな基礎研究を推進し続けてきたHuman Frontier Science Program(HFSP)の事務局も、市中心部の川沿いに佇んでいます。私は、慶應義塾大学皮膚科で免疫アレルギーの研究を行い、日本医療研究開発機構AMEDで難病の研究開発推進を担当した後、昨年よりストラスブールにてHFSPの国際的な研究評価や支援の枠組み作りを勉強しています。

役に立つ研究ではなく、真に面白い尖った研究は何か。異なる大陸 (intercontinental)、異なる領域(interdisciplinary)の革新的な(innovative)基礎研究を推進する。明確なビジョンのもと、若手研究者や新しい研究チームを支援してきたHFSPは、過去29年の歴史の中で実に28人ものノーベル賞受賞者を輩出してきました。その成功の背景には、研究キャリアの早い段階でマインドセットを変え、そのマインドを柔軟かつ長期的に支援する土壌があります。HFSPの受賞自体極めて価値が高く、毎年世界中から素晴らしい研究提案が送られてきます。

しかし、このHFSPを長年主導してきた日本からは残念ながら採択数も応募数も減少してしまっています。日本の研究力の相対的かつ絶対的な低下への懸念が声高に叫ばれていますが、目につく対策は柔軟性を伴わない単純な研究費の増加や、厳格な評価を伴う研究基盤・ガバナンス強化等々。疲弊する研究者がセレンディピティに対して十分に備えるためには、何がなくてよいか、何をやらなくてよいか、すなわち「引き算の研究支援」に踏み込むことも必要です。

中曽根康弘元総理の頃から続く日本の先進的な取り組みが十分に活用されず、研究先進国から取り残されている現状だからこそ大発見を見つけ出す。今年30周年を迎えるHFSP の節目にあたり、日本の研究に関わる全ての人のprepared mind が、今問われているように感じています。

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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