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【Researcher's Eye】
井上朋紀:計算の助っ人

2019/03/08

  • 井上 朋紀(いのうえ ともき)

    明治大学政治経済学部専任講師・塾員 専門分野/数理経済学、一般均衡理論

経済学の理論では、現実の現象の本質的な要素だけでつくったモデル(模型)を使って分析します。スーパーマーケットに並ぶ商品の価格を例にとると、まず商品を買う消費者の行動を、財布の中にあるお金(予算)の範囲内で満足(効用)を最大にするように何をどれくらい買うかを決めるとモデル化し、商品を売る生産者の行動を、儲け(利潤)が最大になるように何をどのくらい作るかを決めるとモデル化します。モデルにおける消費者の買いたい量(需要量)と生産者の売りたい量(供給量)が一致する「競争均衡」での価格が、スーパーで目にする価格に対応します。現実の分析のためにはモデルに競争均衡が存在しないと困るので、どのような条件の下で競争均衡が存在するかを知る必要があります。

最近は、ゴミや汚染されたモノのように、保有すると満足(効用)が下がる「バッズ」があるときの競争均衡の存在について研究しています。競争均衡の存在に欠かせないと目星をつけた条件が本当に欠かせないことを示すには、その条件だけを満たしていないために競争均衡が存在しない具体的な例を作らないといけません。大学院生の頃はひたすら手計算をして例を作りましたが、今はインターネットの力を借りています。函数を入力してグーグルで検索するとグラフが出てくるので、欲しい性質をもつ函数を作りやすくなりました。また、積分は手計算では限界がありましたが、原始函数を返してくれるサイトのおかげで、計算が煩雑すぎて例の作成を途中で断念することが減りました。

100年前、数学者のラマヌジャンとハーディは、彼らのある近似法の精度を検証するために、驚異的な計算力をもつ退役軍人マクマホンに計算してもらったといいます。当時は一流の数学者だけが一流の計算力を使用できましたが、インターネットが発達した今日では、私のような研究者も驚異的な計算力を無料で利用できます。

先日、あるサイトで原始函数を計算して、バッズがあるときに競争均衡が存在しない例を作りました。研究者仲間から「なぜ存在しないのか、直感的に分からない」と言われ、自分で計算した置換積分のあたりで間違えたかと不安になりましたが、何度も計算し直したところ、間違いなさそうです。久々によい例が作れたと、ひとり悦に入っています。

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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