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【Researcher's Eye】
飯髙伸五:レジャー観光と戦争の記憶

2018/12/10

  • 飯髙 伸五(いいたか しんご)

    高知県立大学文化学部准教授・塾員 専門分野/社会人類学・オセアニア研究

オセアニアのミクロネシア地域、パラオ共和国コロール州にある南ラグーンのロックアイランド群。石灰岩質の島々と珊瑚礁から成るこの一帯は、多様な生物の宝庫であるとともに、洞窟や岩絵など過去の人間生活の痕跡があることから、2012年にユネスコの世界複合遺産に登録された。従来から世界のダイバーの聖地として知られていたが、登録とともにパラオへの訪問者は更に増加し、現在では約1万8千の在来人口に対して年間12万人以上が来島する。出国に際しては、1人100ドルのプリスティン・パラダイス環境税の支払いが義務付けられ、予め航空券代金に上乗せされている。

世界遺産登録に先立つこと10年、大学院生であった私は現地調査のために、パラオに長期滞在していた。私は村落部に腰を据えて暮らしていたため、一度もロックアイランドには行けなかった。周辺地域に赴くフィールドワーカーはよく現地生活の苦労について話すが、パラオの生活では原虫感染症もなく、ゲテモノ食いもなかった。帰国後の私は、目と鼻の先にいながら、ぶれずに一度もロックアイランドに行かなかったことを現地生活の自慢話にしていたこともある。しかし、いまとなっては世界遺産登録以前の社会状況を観光の現場で観察する貴重な機会を逃してしまったと後悔している。

大学に勤務するようになってようやく、ロックアイランド訪問の機会に恵まれた。一般向けの観光ツアーでは、シュノーケリングなどの活動と合わせて、太平洋戦争末期の日米戦闘の痕跡として、朽ち果てた戦闘機、陣地用の洞窟なども見物地点となっていた。ツアー参加者は両者のコントラストに惹かれるためか、熱心にカメラを向ける。最近私自身も寄稿した論集の書名Leisure and Death(Kaul and Skinner eds.University Press of Colorado, 2018)に示されるように、レジャー観光のなかでは死も消費されるのである。

近年のパラオでは、観光客の増加とともに、太平洋戦争の戦跡が観光資源として整備されるようになった。この過程で、パラオの人々も戦争当事国の日米とは違った観点から太平洋戦争を想起している。今後もレジャー観光との関連から、ローカルな戦争の記憶の動態に注目していきたいが、ロックアイランドに行けなかった頃のことも忘れないでおきたい。

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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