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【Researcher's Eye】
金倫基:腸内細菌を知り己を知れば

2018/11/29

  • 金 倫基(キム ユンギ)

    慶應義塾大学薬学部創薬研究センター教授 専門分野/腸内細菌学、感染免疫学

孫子の言葉で「彼を知り己を知れば百戦殆(あや)うからず」というのがあります。これは、敵・味方のことをしっかりと熟知していれば戦に負けることはない、という意味です。この言葉は人間関係にも応用することができると思っています。相手の気持ちを推察・尊重するとともに、自分のことを客観的に見つめ、省みることにより、良好な信頼関係を構築することができます。さらに、これは私の現在の研究対象である腸内細菌にも同じことが言えるのではと考えています。すなわち、我々の生理機能だけでなく、内なる共生生物である腸内細菌のことを深く理解することが健康維持・疾患予防に重要であることを、実際の研究を通して強く実感しています。

この10~15年ほどの間の解析技術(次世代シークエンサーやオミックス解析など)の進展により、腸内細菌叢の組成や代謝物の全容が次第に明らかになってきました。その結果、腸内細菌が私たちの生理機能や多様な疾患に深く影響していることが示唆されています。これは、ヒトの百倍以上の遺伝子を持つ腸内細菌叢が、私たちが作り出すことのできない物質を産生し、これらが宿主の代謝系・免疫系・神経系などに作用していることによると考えられています。私も、腸管病原細菌の定着阻害にクロストリジウム目菌群が中心的な役割を果たしていること、アレルギー性気道炎症の悪化に腸内真菌の産生するプロスタグランジンE2が関与すること、粘膜アジュバントの効果発揮には常在細菌由来の菌体成分による免疫刺激が必要であることなどを明らかにしてきました。現在もさまざまな疾患に対して抑制的に働く腸内細菌や代謝物の探索、それらの作用メカニズムの解明を目指して研究に励んでいます。

人類の歴史とともに始まったヒトと腸内細菌との共生関係は合目的性を持って進化を遂げてきたと予想されます。そのため、この腸内微生物たちは私たちの想像を超えるほどの恩恵をもたらしてくれていることでしょう。ところが、腸内細菌の組成や代謝は、私たちの生活習慣(食事など)に大きく依存し、場合によっては腸内細菌が健康を害する諸刃の剣となり得ます。今日から皆様も自分の体(臓器)だけでなく腸内細菌にも留意してみてはいかがでしょうか。そうすればきっと「病気殆うからず」となることでしょう。

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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