三田評論ONLINE

【Researcher's Eye】
中原仁:Win-Win-Win

2018/11/20

  • 中原 仁(なかはら じん)

    慶應義塾大学医学部内科学(神経)教授 専門分野/ 神経治療学

日本の基礎科学力低下や大学院生減少がニュースを賑わしている。幸い小職の研究室ではこれを実感することはまだないが、公的研究費の採択率低下は身に滲みて感じている。公的研究費の採択率が低下し、「金欠」になると自分の研究はもちろん、大学院生の自由な研究活動を担保することもできない。財の独立なくして学の独立なく、貧すれば鈍する。数十名の医局員を預かる小職は金策に追われる日々である。

公的研究費のあり方は小生にはどうにもできないから、私的研究費を集めるしかない。学生納付金が少子化の煽りを受ける中で、塾内研究費を増やしてくれともお願いしにくい。諸外国に目を転じれば大富豪が税金対策を兼ねて研究費を支弁してくれるようだが、一億総中流社会の本邦では残念ながら期待薄である。かつて我々の世界では、資金力を持つ製薬会社がその営業経費から「奨学寄附」たる無色透明な研究費を配分してくれていたのだが、毎年引き下げられる薬価のせいか、或いは医師の処方動向にほとんど効果がないことがバレたのか、最近は「スズメの涙」もいただけない。蓋し彼らにも株主がいるわけだから、企業価値向上に繋がらない経費は出せば背任も同然。そこで色とりどりの「紐付き」の研究費ならば、ということになる。

製薬会社は薬を売る商売である。つまり医師の処方を増やす方策を考える。「寄附」の効果が薄いのであれば、「薬効の差別化」によって医師の処方動向を改善しようとする。それが「紐付き」研究費とセットになると、某大学の「歪められた臨床研究」が行われる土壌となる。出汁(だし)にされた患者が怒るのは当然である。結果、今春に臨床研究法が施行され、「紐付き」研究費による臨床研究は気が滅入るほどの審査が義務付けられた。医学研究の世界も一寸先は闇である。

今求められるのは、Win-Winではなく、Win-Win-Winである。研究資金源である製薬会社と、我々研究者だけではなく、何より患者が幸福になるということ。誰のための医学なのか。この当たり前のことを忘れた代償は大きい。私的研究費といえば、利益相反でがんじがらめにされた国公立大学と異なり、塾は私学である。このピンチはチャンスかも知れない。そう考えれば心も弾む。今日もWin-Win-Winの種を探しながら、武士は食わねど高楊枝。

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

  • 1
カテゴリ
三田評論のコーナー

本誌を購入する

関連コンテンツ

最新記事