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【Researcher's Eye】
渡辺真弓:長時間労働は複雑である

2018/10/29

  • 渡辺 真弓(わたなべ まゆみ)

    関東学院大学看護学部助教・塾員 専門分野/医療マネジメント、産業衛生

現在の日本で長時間労働に悩む者は多い。長時間労働は、労働者の心身の健康を損なうと共に、長時間労働ができない者のキャリアを制限する。私が以前働いていた職場でも、長時間労働が常態化していることが問題視されていた。周囲の同僚は揃って「辛い」と口にし、部署のトップは残業を減らすべく奮闘していた。しかし、長時間労働は一向に減る気配がなかった。

よく見ると、同じ残業をしていても人によって理由が異なるように思えた。ある人は、仕事がこなしきれないで必死に残業している一方、ただ単にそこにいたいから残業しているように見える人もいた。「ちゃんとした仕事をするのに定時に帰るなんてありえない」と言う人がいれば、その先輩に怯えて帰るに帰れない新人がいたりもした。そうだ、「労働時間」は仕事の量だけで決まる訳ではないのだ、と思った。人間はそれぞれが、その人なりの仕事に対する思いや労働観を持ち、それが労働時間にも反映される。しかも、個人の能力だけでなく、周囲の人間との関係性や部署の雰囲気の影響も大きい。複雑だ、と思った。残業している人のほとんどは、自分でもなぜ残業しているのかを明確には分かっていないのではないか。その複雑さを解明しないことには、長時間労働は削減できないし、削減できたとしても不満ばかりが募るだろう。この長時間労働の複雑さを何とか数値で表せないかと、日々悪戦苦闘しているのが現在の私である。

2回にわたる調査の結果では、残業の理由は仕事量の多さ、同調圧力、残業代、仕事の楽しさ、自己成長の希求、と多岐にわたった。また、労働時間が特に長い者は仕事量の多さや同調圧力を理由とした非自発的な残業をしている者と、仕事の楽しみや自己成長のために自発的に残業をしている者に分かれた。この両者は、ほとんど労働時間が同じであるにも拘わらず、精神不調や仕事へのモチベーションが大きく異なっていた。同じ部署であっても残業理由は人によって異なり、その影響や効果的な長時間労働対策も異なる可能性が高いということである。

かくいう私自身も残業をすることがある。そんな日は、少しばかりの達成感と疲労を抱えて帰路につく。自分でも、なぜ自分は残業したのか良く分からない、と思ったりもする。

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