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【Researcher's Eye】
青木亮:トラム導入にみる交通政策の重要性

2018/10/10

  • 青木 亮(あおき まこと)

    東京経済大学教授・塾員 専門分野/交通論

パリから南西に約400キロメートル、かつてのブルターニュ公国の中心都市であるナントは、フランスで一番住みよい都市とも称されるが、都市交通の分野では、フランスで最初にトラム(路面電車)を復活させた都市として知られている。この十数年ほど、トラムを中心とするフランスの都市交通について相模女子大学の湧口清隆先生と共同で研究を進めており、ナントも何回か訪問した。

都市内交通で高い評価を得ているフランスのトラムだが、第2次世界大戦後には多くの都市で路線が廃止され、ナントで復活する以前は3都市に残るのみであった。1958年に廃止されたナントでは、当時の車体が黄色であったことから市民に「黄禍」と言われていたように、以前は良いイメージを持つ交通手段でなかった。初期にトラムを導入した他都市でも、悪いイメージを払拭するため愛称やデザインに工夫をこらすなど、関係者や市民の同意を得るのに苦労している。

トラム導入は、交通渋滞やインナーシティー問題など、様々な都市課題を解決する施策の一つとして当時のナント市長アラン・シェナール氏が行った政治決断であり、リーダーシップの重要性は間違いないことである。また、高品質な公共交通サービスを比較的安い費用で提供できる交通モードとして、トラムが存在したことも重要である。同時に、導入を支えた財政面などの制度設計、経済性や技術面の検討が果たした役割も大きい。例えば、トラム導入や運営を財政的に裏付けるフランスの交通税制度は、対象となる都市や交通モードの拡大、税率の差異などが、各都市での導入に大きな影響を与えている。税率の引き上げられる交通モードにトラムが含まれたことは、導入を後押しするのに役立った。さらには対象モードの拡大が、その後のガイドウェイバス(ゴムタイヤトラム)やBHNS(わが国のBRT:バス高速輸送システムに相当)など、新たなモードの導入につながっている。

望ましい政策に誘導するため、制度設計を工夫することはわが国をはじめ各国で行われているが、フランスにおけるトラム導入は、これが非常にうまく行われた事例であろう。ナントでのトラム復活が、わが国を含む世界各地でトラム再評価につながったことを考えると、交通政策における制度設計の重要性を強く感じる次第である。

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