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【Researcher's Eye】
三木則尚:夢を持つにはまだ早い

2018/08/21

  • 三木 則尚(みき のりひさ)

    慶應義塾大学理工学部教授 専門分野/マイクロ・ナノ工学とその医療・ヘルスケア・ICT応用

大学教員の職務は教育、研究、大学運営業務などいろいろとありますが、学生に寄り添うことが最も大事で、また最も恵まれたものだと思っています。機械工学科の学習指導を担当した時、何人かの悩める学生と面談をしました。詳細は違えど共通するのは、「何をやりたいのかわからない」「将来の夢が持てない」ということ。夢を持たなきゃ、という世の中の、そして自分からのプレッシャーで、皆本当につらそうでした。そんな彼らに私は、「夢なんかなくてもいいんだよ」と伝えました。これは学生を慰めるための対処療法的な詭弁ではありません。簡単に説明できる事実なのです。

小学生に夢を聞くと、サッカー選手か、野球選手か、ユーチューバーか。小学生が知っているロールモデルが少ないので、これぐらいしかないのです。では中学、高校、大学に進んだとして、果たして何を知っているのでしょうか?

自分のことを振り返ってみます。山紫水明な兵庫県たつの市の造り醤油屋に生まれ、高校時の成績が良かったので医学部を受験するも失敗し、後期入試で理工系に進み、やれ物理だ、生物だ、バーチャルリアリティだ、ロボットだと興味が変遷し、最後はマイクロロボットの研究で博士号を取得しました。そんな自分を思い描いたのはいつでしょうか。

その後、マサチューセッツ工科大学でマイクロエンジンの研究をしながら、弁護士事務所でアルバイトをしたり、9・11が起きたり、MIT日本人会で Sushis というアイスホッケーチームを創ったりしました。この時の私は、将来、体育会スケート部の部長になり、アイスホッケー早慶戦43年ぶりの勝利に立ち会えることを夢見ていたでしょうか?

機械工学科の教員になり、マイクロ・ナノの小さな機械の研究を行っていますが、現在、東京医科大学の先生と人工腎臓の研究を行い、東京藝術大学の先生と脳波音楽の研究を行い、昨年には「減塩」に関する大学発ベンチャーを創業しました。カネヰ醤油を経営していた父の背中を見ていた私は、食品業界での起業を自分の将来に想定していたでしょうか?

まだまだ知らないこと、思いもよらないことがたくさん待っています。40代半ばになった私も、「夢を持つにはまだ早い」と、新しい出会いを楽しみにしています。

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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