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【Researcher's Eye】
亀井源太郎:社会と学問

2018/08/31

  • 亀井 源太郎(かめい げんたろう)

    慶應義塾大学法学部教授 専門分野/刑法・刑事訴訟法

学問は社会と密接に関連する。

ことに筆者が専攻する刑事法学は、研究の対象が犯罪や刑罰であるために、社会から強い関心を抱かれる場合も少なくない。

ある行為を法的に禁止し、その違反に刑罰を科すということは、ことがらの性質として当然に国民の権利・利益に大きな影響を与える。

このため、社会が犯罪や刑罰に関心を持つのは健全なことであり、また、当然のことでもある。

ただ、だからといって、専門的な議論が熱狂に飲み込まれることは避けられなければならない。

昨年の通常国会で行われたテロ等準備罪を創設する組織犯罪処罰法改正に対しては、マスコミ報道や世論において、様々な批判が存した。

もっとも、そこで開陳された批判の中には、この問題につき従来より批判的に検討してきた筆者にとって理解できないものも少なくなかった(たとえば、同罪が内心の自由を侵害するとの批判が展開されたが、はたしてそう単純に言ってしまってよいのか疑問がある。拙稿「共謀罪あるいは『テロ等組織犯罪準備罪』について」慶應法学37号(2017年)158頁以下参照)。

同罪は、十分に議論を深められないまま成立してしまった。

議論が十分に深められなかったことの責任は、主として政府が負うべきである。しかし、批判的な主張が十分に分析的ではなかった点もまた、その原因の一部であろう。

「国民の声」を錦の御旗にした熱狂は、議論を大上段の空中戦にしてしまう面があり、専門的な議論にとってはマイナスも大きい。

冒頭で述べたように、学問は社会と密接に関連する。
だからこそ、専門家には、社会における生の反応から距離を取った議論が要求される。声の大きな人、ショッキングな主張をする人に左右されない強い学問が必要である。

そのような強い学問を担うべき人を育てるために、大学教育が果たすべき役割は大きい。現場を預かる教員として責任を痛感している。

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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