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【Researcher's Eye】
白沢博満:サイエンスとビジネスの交差点

2018/06/26

  • 白沢 博満(しらさわ ひろみち)

    MSD株式会社 副社長 グローバル研究開発本部長・塾員 専門分野/ 医薬品研究開発

私は塾医学部を1995年に卒業して臨床に従事した後、1999年より約20年間にわたり米系の製薬会社2社で医薬品の研究開発を行ってきた。卒業時には想定していなかったキャリアを歩んできたわけだが、新薬で世の中を変える瞬間を何度も見てきて、そこに貢献できてきたことを幸運に思う。多くの人にとって今日の医薬品の研究開発は馴染みがないと思われるので簡単に記載する。

理想的な流れとしては、まずは生体内で疾患と関連するターゲット(例:受容体)が同定されるという基礎研究での発見からスタートする。ターゲットに対して作用する化合物、望ましくは低分子化合物を合成、それが難しい場合は抗体、さらには核酸、改変細胞や改変ウイルスなどモダリティを問わなくなっているのが最近の流れである。出発点としてのリードの化合物が同定されてからはより特性の好ましいものへと化合物の最適化に向けての研究が進む。私が専門としている人での研究に進むためには動物における多くの毒性試験、薬理試験、体内動態研究などがさらに必要である。

人における研究では体内動態、安全性、薬効を探索的に評価しながら、どのような臨床的な位置づけでどのように用いるとベネフィットがリスクに対して最適化され、既存の治療体系に対して医学的そしてビジネス上の価値がより高まるかの仮説を立てたうえでの臨床試験での検証、製剤の最適化、規制当局や医学会での受け入れに向けてのデータや論点の整理など、膨大な人と資金が投入されながら研究開発は進む。

このような困難を乗り越え、かつて死の宣告であったHIV感染は適切な治療を行えば亡くなることのない慢性疾患となった。肝硬変・肝癌を引き起こすC型肝炎ウイルス感染はほぼ100%治癒できるステージまで来た。癌の免疫療法は一部の癌腫で既存治療を凌駕する状況になってきている。

この仕事を振り返ってあらためて思うのは、いったん薬剤候補としての化合物が確定してからは、モノとしての化合物は何一つ変化していない。多数の異なる専門分野の研究者、経営資源、チームワークとリーダーシップ、国境をまたいだ役割分担、不確実性の中での意思決定などを駆使しながら、その化合物に関する医学情報を付加・結晶化していくサイエンスとビジネスの両面が交差する営みである。


※所属・職名等は当時のものです。

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