【その他】
【講演録】慶應義塾大学 名誉博士称号授与式スピーチ
2025/11/14
しかし、私は、独立とは何かという点について、そして、それが欧州や日本のような密接な友人たちとのパートナーシップにとって何を意味するのかを明らかにしておきたいと思います。独立とは、その本質において、私たち自身の未来を選び取る自由と能力を持つことであり、それは依存関係を断ち、脆弱性を補うことです。そして独立が内向きの戦略であるという誤った通説、あるいは、自らの境界内への退却だという通説を払拭したいと思います。むしろその逆なのです。まさに、欧州と日本の間の関係とパートナーシップが適切な事例です。私たちは地理的に離れ、異なる課題に直面していても、対応すべき脅威は多く、そして共通しています。欧州と日本はともに、保護主義の衝動が台頭し、弱点が武器化され、あらゆる依存性が悪用される場として周囲の世界を見ています。したがって、2つの志を同じくするパートナーが互いを強くするために団結するのは当然のことです。私たち自身の独立を築くだけでなく、互いの独立を強めるためなのです。
例えば不公正な競争に直面し、私たちはサプライチェーンを強靱化するために経済安全保障で協調しています。それによって私たちが重要物資で不足することは決してないよう、欧州と日本は「競争力アライアンス」を構築し、供給源を多様化することで単独のアクターが私たちの手を縛ることを阻止します。私たちは互いの安全保障に投資することで、抑止の信頼度を上げ、安定を持続させます。さらに、クリーン・テクノロジーやデジタル・イノベーションといった取り組みでも協力することで、価値と利害を共有するパートナーによる未来が構築されるでしょう。
重要なのは、未来が不確かな時に内向きになりたがる本能に抵抗することです。壁を高くし、心を閉ざすということに私たちは抗うのです。それが間違った選択だからです。他者と協力することが強さの証です。それが私たち自身の独立を構築する方法です。
例えば貿易においては、より強固な基盤の上に米国との貿易関係を再構築しようとしています。しかし、世界貿易の87%は米国以外の国との間で行われていることも私たちは知っており、その多くの国々が安定と成長の機会を求めています。今回私が日本を訪問しているのも、まさにそのような関係を深めるためです。世界中の国々──インド、インドネシア、南米、韓国、カナダ、ニュージーランドなど──が欧州と協力を求めています。これは、そのような国々の一部でしかありません。
要するに、私たちは皆、それぞれの強さと独立を追い求めているのですが、しかし、協力することによって初めて、その強さと独立を実現できるのです。
お集まりの皆さん、学生の皆さん、こうした思いに導かれ、この誉れの高い大学、そして何よりも、本日演説館のドアを通じて集まってくれた学生の皆さんに向けてお話しします。
今日私が伝えたいメッセージが1つあるとすれば、それはこの大学の創立者・福澤諭吉がずっと前に掲げたことに他なりません。つまり、自身の責任は皆さんの家の敷居をはるかに超えて広がるのだということです。
30年前、私は公衆衛生学の修士号を得るために大学に戻りました。医師として私は、目の前の患者、その症状と治療法、個々のニーズに集中するよう訓練されました。しかし、公衆衛生学は視点を広げることが求められました。患者個人だけではなく、より広いパターンを見るのです。「どうやったらこの人を救えるのか」から「どうやったら皆を助けられるのか」へと視点を変えるのです。
私が学んだ最初の教訓の1つを今でも覚えています。あなたの健康は私の健康に、私の健康はあなたの健康に依存しているというものでした。当時は理論として理解しただけでした。30年後、その教訓が現実となり、切実かつ個人的なものとなるとは思っていませんでした。ましてや、世界的なパンデミックを克服するために欧州が結束した結果、この名誉博士号を今日ここで、皆さんの前で受けることになるとは思ってもいませんでした。
パンデミックが欧州を襲った時、何百万人もの欧州市民が袖をまくり上げ、隣人を助けようとしました。欧州の人々は自身のコミュニティを守ったのです。欧州全体でそうしたのです。パンデミック発生から最初の2年間で、欧州連合(EU)域内に10億回分のワクチンを届けました。同時に、域外150カ国に14億回分を提供しました。私たちは世界最大のCOVID-19ワクチンの供給者となりました。当時、多くの人がこのアプローチを嘲りました。しかし、これが私たちの責任だったのです。
慶應義塾大学の学生の皆さんに最後にお伝えしたいメッセージがあります。世界のあらゆる地域から集まった人々に囲まれたこのような大学では、皆さんの行動が自身の内輪の枠をはるかに超えるということを理解しているはずです。あなたの気候変動の研究が訪れたこともない海沿いの町を守るかもしれない。あなたの生物医学の発見が遠い大陸の患者に影響するかもしれない。それこそがグローバル・コミュニティの一員であるということです。皆さんが他者のために責任を果たす時、他者もまた皆さんのために責任を果たしてくれるのです。
これが欧州と日本の物語であり、福澤諭吉が世界に遺したメッセージです。そしてこの大学の学生一人ひとりが、これからの人生の新しい章を歩む際に胸に刻むべき物語です。
この栄誉に心から感謝します。慶應義塾大学よ、永遠なれ。欧州と日本のパートナーシップと友情よ、永遠なれ。
(冒頭にあるように、本文は2025年7月23日に三田演説館にて行われた欧州委員会委員長ウルズラ・フォン・デア・ライエン氏に対する慶應義塾大学名誉博士称号授与式での同氏のスピーチ全文の日本語訳である。訳は土屋大洋慶應義塾常任理事による。なお英文はこちらより閲覧できる。)
※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。
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