【その他】
【特別対談記事】心・人・世界の壁を超える『越境力』の秘密に迫る
2025/06/20
「面白くなければ1度辞めてみる」
伊藤 話を進めますが、どのようにドジャースでの仕事を得たのでしょうか。
佐藤 米国旅行から帰国後、東京ディズニーシーで働いていた時に、後に1人目の夫となる米国人男性と知り合い結婚し、ロサンゼルスに移住しました。翌2003年1月からドジャースで働き始めました。
伊藤 ドジャースを選んだ理由は何ですか?
佐藤 登録していた求人情報サイトから、当時あったアジア部のアシスタントの募集が送られてきたのです。もともとスポーツ、野球が好きなのでミーハー気分で応募したところ、3度の面接を経て採用が決まりました。
ただ、今でこそドジャースは人気も実力もトップですが、当時はそこまでではありませんでした。先発ローテーションに野茂英雄さんや石井一久さんがいましたので、日本人としては面白い年ではありましたが、スポーツチームはやはり勝ってこそ。プレーオフ進出を逃して、仕事の内容も面白くないなと思っていた時に、東京ディズニーシー時代の上司から香港ディズニーランド建設プロジェクトに参加しないかと声をかけられ、球団を辞めることにしました。
伊藤 「面白くなかったから1度辞めてみる」というのは、壁を超えるための大きなメッセージですね。
佐藤 仕事で一番大切にしていることは何か、とよく訊かれますが、やはり自分らしく仕事をすることだと思うんです。楽しさややりがいを感じられない仕事はパフォーマンスが下がりますよね。ドジャースで最初に働いていた時は本当にモチベーションが上がりませんでした。
伊藤 その後、チームは強くなり、佐藤さんも今、オープニング・ゲームという大きなイベントの中心におられます。ここまでくるのに、"人の壁"や"世界の壁"を感じたことはありますか。
佐藤 実は"壁"というものをイメージすることはほとんどありません。チャレンジする時は、今の状態を抜け出して早く前に進みたいという気持ちが強く、不安に勝つのです。そう思って飛び込みますし、もし壁があるなら、すぐ超えようとせず、まず壊してから進むタイプだと思います。
伊藤 ドジャースのお仕事における最大の挑戦は何だったのでしょうか。今のお立場のどこに面白さを感じておられるのかということも是非お聞かせください。
佐藤 私はドジャースを2度辞めており、昨年から3度目の挑戦となります。チームには現在(大谷翔平、山本由伸、佐々木朗希の)3選手がいますし、ビジネスの面でも日本というセグメントが中心を占めるようになっています。この部分を任されることのプレッシャーはもちろんあります。
でも、それが仕事の醍醐味でもあるわけで。皆が憧れる選手の近くで仕事ができるのはもちろん楽しいし、挑戦と楽しみが隣り合わせ、ほぼ同じものという感じですね。
メジャースポーツの世界で感じること
(司会) それでは、ここからフロアの皆様から佐藤さんへの質問をいただきます。
質問者A ドジャースに3度お勤めになる中で、チームに戻りづらいといった障壁を感じたことはありますか。逆にスムーズに合流できた理由がありましたらお聞かせください。
佐藤 実は退職した後、2度とも「戻ってこないか」と言ってもらい復帰したので、躊躇はありませんでした。ただ、この間に2回、オーナーシップが変わっています。
MLBの球団は、オーナーシップが変わるとすべてが変わります。その意味では新しいチャレンジでしたが、今回はすでに現オーナーシップ下での知識があったので、すんなり合流できました。ブランクの間に辞めた人もいましたが、昔から一緒にやっていた人たちも多数いて、辞めていたことはお互いあまり感じずに始めることができました。
現在のドジャースのオーナーシップグループは、資金力だけではなく、MLBの他球団やNBA等のメジャースポーツでも豊富なチーム経営の経験をもつ凄腕の人たちが集まっており、彼らがオーナーになった翌年から観客動員数がリーグトップにまで跳ね上がり、収益が上がり、チーム強化も進みました。
伊藤 オーナーシップがあまり変わらないNPB(日本野球機構)と違い、MLBはオーナーがよく変わるし、優勝争いの行方もそれに連動するわけですね。シーズン中でも、選手のトレードがどんどん行われるように、変化が当たり前というのも大きな特徴ですね。
質問者B 先日、ドジャースタジアムで、球団のグローバル展開について話を聞く機会がありました。ドジャースは「ジャパニーズ・ヘリテージ・ナイト」というイベントを開催するなど、他国の文化をとても大切にしていますが、NPBがグローバル展開するには、どのようなことが必要になると思われますか。
佐藤 私は以前、米国やヨーロッパに向けて、パ・リーグの試合の放映権のセールスに携わったことがありますが、いろいろ難しさを感じました。時差があるということはもちろんですが、現在世界のスポーツコンテンツは競争がとても激しい上、ベースボールはサッカーやバスケットボールなどのグローバルスポーツに比べ、まだまだドメスティックなスポーツです。日本語のコンテンツは、購入する側がローカライズするか、売る側が英語化しなければいけないという課題もあります。コンテンツとしての魅力を高めることが第一ではないかと思います。
行動力を支える哲学
質問者C 佐藤さんはキャリアの中で何度も、職を変えるという重大な決断をされてきました。こうした時に自信になっていることや大事にされている価値観、考え方があれば教えてください。
佐藤 私はこれまで失敗してもいいと思いながらやってきましたが、どうしようもないほどの大失敗は困るので、そうならないくらいの確信を持てた時に前に進むのが良いのかなと思います。思いきって飛び降りた結果、骨折くらいで済めば良いのですが、取り返しがつかないことになってしまう高さから飛ぼうとしていないか。その感覚を大切にしながら、ジャンプするのがよいのではないでしょうか。
質問者D 「行動力がある」ことは、別の面からは"向こう見ず"に見えることもあると思います。私も米国で就職したいと思っていますが、「駄目だったらどうしよう」といった不安もあります。オファーに対して二つ返事で飛び込める心構えとはどのようなものでしょうか。
佐藤 挑戦を前にして、まずは不安な状態を打ち砕かないといけませんよね。そして何が不安なのかと言えば、失敗する怖さだと思うのです。やってみないと分からないことに挑戦するには、とりあえずできる準備をしっかりすることが基本です。実は、それをしない人が結構多い。「挑戦する自分に酔っている」と言うと表現が悪いのですが、挑戦するというアイデアに囚われ、成長するためには挑戦しなくてはいけないと自分を追い込む人もいるのでは。
あるいは、不安感が大きすぎる人は、準備が整わないうちに無理をしているのかもしれません。先ほどもお話ししたとおり、私が新しいことをしたいと思うのは、とにかく次に行きたい、目の前のこれを打破したいという時なので、そういう気持ちが不安に勝つのです。まずは十分に準備をして、自分をそういう状態に持っていくか、そうでなければ、冷静に判断してやめておくのも勇気だと思います。
質問者E 私は米国に14年ほど住んでいますが、最初は自分も米国人にならなければいけないのではないか、と悩んでいました。最近になり、日本人としての誇りを持って海外でやっていくことの大切さを感じています。これからグローバルに活躍したいと考えている日本人に向けてメッセージをいただけないでしょうか。
佐藤 日本人の良いところは生かすべきだと思います。例えば、単純に時間をきちんと守ること。日本の会社は必ず納期の当日かその前に納めますし、難しければきちんと断ることもできる。こうした当たり前が、守られないことがままあり、指摘することもあります。
ただ、こうした日本人らしさも、文化の異なる米国では裏目に出ることもありますので、頑固になりすぎず、柔軟に行動できると良いと思います。
多忙な日々を乗り越えるには
質問者F 選手・編成関連と、ビジネス側全般という大きく異なる2つの分野で、アジア太平洋オペレーションのマネジメントというお仕事を担当される中で、マルチタスクをどのように実践しておられますか。
佐藤 先日、午前中に消化した仕事を数えてみたところ、両サイド合わせて12種類くらいのタスクがありました。こういう時はあまり考えている暇がなく、来たものをどんどん片づけてやっています。
もちろん、キャパオーバーになることもあるので、デッドラインに応じて人に仕事を振ることもあります。その判断は感覚的で、これは無理だと思ったらすぐに頼みます。やり方が決まっているというよりは、タスクに反応している感じですね。
質問者G お忙しい日々の中で、何を一番の息抜きとされていますか。
佐藤 「今日は息抜きをしよう」と思っても、スイッチをオフにする時間がないのが実情です。この1、2年はずっと突っ走っている感じですね。美味しいものを食べて、よく寝るということでしょうか。
伊藤 東京シリーズの喧騒から1時間だけ離れて母校にいらしたこの時間は息抜きになっていますか。
佐藤 そうですね。とても楽しいです。
質問者H 今後挑戦してみたいことがあれば教えて下さい。
佐藤 今は投げかけられるタスクをどんどんこなす感じなのですが、個人的にはドジャースを取り巻くさまざまなコミュニティに関わる仕事にもう少し手が回るようになればいいなと思っています。
伊藤 慶應義塾大学は学部の女子学生数比率が36パーセントを超えて4割に近づいています。お仕事の中で、ジェンダーギャップを意識したことはありますか?
佐藤 それはあまりありません。私は女性であるのと同時に、米国では移民ということになりますが、周りの人たちは平等に接してくれています。MLBも人種や男女の平等にとても力を入れており、女性やマイノリティーを積極的に幹部に採用しようとしています。私が最初にドジャースに入団した時と比べても、ダイバーシティの考え方はかなり変わってきています。
伊藤 とても興味深いお話しでした。本日は有り難うございました。
(本稿は、2025年3月17日に三田キャンパスで行われた伊藤公平塾長との特別対談イベント「心・人・世界の壁を超える『越境力』の秘密に迫る」をもとに構成したものです。下記より動画をご覧いただけます。)

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。
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