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【KEIO Report】社会・地域連携の成功事例──山梨県、富士吉田市との連携事業15年

2023/06/16

「慶應の水」の売上の一部は塾生の奨学基金に充てられるほか、製造企業の売上の一部も富士山の環境保全や地域活性化を支援するコミュニティファンド(旧名称:富士吉田みんなの貯金箱財団、現:ふじよしだ定住促進センター)を通じて地域活性化に利用されており、循環型の社会・地域連携のモデルのひとつとなっている。なお、SDGsの観点から、「慶應の水」は2022年11月から製造企業の協力によって再生ペットボトルを利用している。

富士吉田市との連携事業のもうひとつの特徴として、スタディツアーに参加した塾生が、在学中や卒業後に地域おこし協力隊などとして富士吉田市に移住し、さらに合同会社などを立ち上げて引き続き連携事業に関与している点が挙げられる。対話型報告会に参加した赤松氏が富士吉田市と関わりを持つきっかけとなったのも、大学2年生のときのスタディツアー参加である。先に述べた「一般財団法人富士吉田みんなの貯金箱財団」は、大学の調査・研究による提案に基づき、市民や法人からの寄付を貯蓄して地域事業に投資等の支援を行う「まちづくり会社」として富士吉田市が2013年に設立したものである。この年に富士吉田市は地域おこし協力隊を導入し、赤松氏を含む2名の卒業生が採用され、地域ブランディングや空き家活用に関するプロジェクトを開始している。

みんなの貯金箱財団と地域おこし協力隊が取り組んだ大規模事業のひとつに、市街地活性化を目的とした「新世界通り復活プロジェクト」がある。新世界通りとは下吉田西裏地区にある路地で、富士吉田市の織物産業が最盛期のころは20軒以上の飲食店があったが、当時はそのほとんどが閉店して廃墟のような状態になっていた。新世界通りの活気を取り戻し、それを西裏地区全体の活性化へと発展させるべく、街に住む人々が自ら関与するまちづくり事業のプロジェクトチームを立ち上げ、事業計画の策定を行った。新世界通りは、建物の内外装は元の雰囲気を残した昭和的な町並みの「新世界乾杯通り」と生まれ変わり、レストラン、居酒屋、バーなどが営業を開始した。現在では、映画のロケ地で使われるなど西裏地区の象徴的な場所となっている。

富士吉田市の歴史的な地場産業である織物に着目した活動も盛んで、赤松氏が立ち上げに参加した「ハタオリマチフェスティバル」は来場者が2万人を超えるイベントになっている。

対話型報告会に参加した斎藤氏は、政策・メディア研究科修了後、2014年に地域おこし協力隊に採用され、市民の思いを事業にするローカルファンディング「まちプロ」に従事した後、富士吉田市の中高生が地元と関わり、次世代が活躍する地域づくりを推進することを目的としたNPO法人かえる舎を設立した。「自分をかえる」、「地域をかえる」をテーマとして、地域の小中高校と連携して、地域を知り、地域に貢献する授業や課外活動を実践している。

地方における若い世代の人口流出は深刻であり、地域での課題に対して積極的に取り組むことで、一旦は県外に就職しても、将来は地元に戻って再就職したいと考える若者の育成を目指している。富士吉田市のふるさと納税寄付受入額は全国9位であり、その一因にリピーターが多いことが挙げられている。富士吉田市の返礼品に添えられているギフトカードは、高校生が返礼品を生産する事業者を取材して制作したもので、商品や生産者の想いを伝えることで自らも郷土の魅力に気づき、愛着を深めることにも繋がっている。

近年、自然災害への事前対策が行政にとって重要課題になってきている。富士山の噴火を想定した富士吉田市民の安心安全に関する連携事業として、「富士吉田市民による火山災害の事前対策を促進するための調査研究」が小檜山教授によって実施された。従来の紙媒体や静止画によるハザードマップを補完する拡張現実を用いた富士山火山ハザードマップを開発した。

さらに、自主防災組織においてリーダーの役割を担う人々を育成することを目的として、富士噴火に関する情報と発生しうる課題に対して取るべき行動を決め、さらに決定した対応への評価がなされるWebアプリケーションによる机上訓練ツール「めざせ満点! 富士山防災リーダー8」を開発した。このツールは、火山防災リーダーが備えるべき8つの能力を伸ばすことを目的としている。富士吉田市民や山梨県立吉田高等学校の生徒が参加するワークショップを開催して、ツールの有効性を検証し、評価基準の見直しなどの改良を行っている。この取り組みは、山梨県富士山科学研究所の協力を得て進められている。

15年にわたる慶應義塾と富士吉田市との連携事業には、上記以外にも、数多くの実績があり、紙面にすべて記すことができないのは残念であるが、慶應義塾が富士吉田市の地場産業振興、市街地活性化、人材育成などのまちづくり事業に貢献してきたことはお伝えできたと思う。富士吉田市は、他の地方都市と同様に人口減少などの課題はあるものの、富士山という観光資源など、将来に向けた大きなポテンシャルを有している。今後も連携事業を通じて、富士吉田市が外からは魅力的で、内からは愛着のある元気な地域へ成長を続けることに貢献したいと考えている。

これまでの連携の成功事例は、大学の調査・研究に基づく提言が施策に反映されたものである。具現化できたのは、堀内茂市長、市職員の皆さん、堀内光一郎商工会議所会頭、地域の事業者や企業の皆さん、そして移住した方を含む住民の皆さんのご尽力に負うところが大きい。この場を借りて改めて御礼を申し上げたい。また、富士吉田市からの調査研究委託による資金的な支援が得られたことに加え、富士吉田市がSFCから車で約1時間半程度とアクセスがよいことで、SFCのスタディツアーに多くの塾生が参加したことも成功要因のひとつと考えられる。富士吉田市における学生参加型プロジェクト全体をコーディネートしてきた玉村雅敏教授をはじめとする慶應義塾教職員、そして協定締結時よりタッグを組んで慶應義塾と富士吉田市の連携にご尽力いただいた富士山三田会の和光泰氏とコーディネータを務めてきた鴨下雅暉氏に感謝を申し上げたい。

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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