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【KEIO Report】社会・地域連携の成功事例──山梨県、富士吉田市との連携事業15年

2023/06/16

富士吉田市・慶應義塾対話型報告会(2023年)
  • 岡田 英史(おかだ えいじ)

    慶應義塾常任理事

2023年3月6日、ふじさんミュージアム(山梨県富士吉田市)において、「富士吉田市・慶應義塾連携に関する対話型報告会」が開催された。

慶應義塾と山梨県、富士吉田市の3者は、「富士北麓の森林文化を基軸にしてこの地より未来を先導することを目指し、イノベーションによる新たな価値の創造とこれに呼応した地域づくり及び国際社会に貢献する人材づくりのため、それぞれの持つ力を十分に発揮し連携協力する」ことを目的とした包括連携協定を締結し、2007年12月4日に三田キャンパスで協定書への調印が行われた。

2022年度は連携協定締結から15年目の節目にあたり、対話型報告会では、これまでの成果の蓄積を共有・確認するとともに、コロナ後の連携の発展に関する意見交換が行われた。富士吉田市からは、堀内茂市長、堀内光一郎富士吉田商工会議所会頭、和光泰富士山三田会会長(元副市長)をはじめ、在学中に連携事業によるスタディツアーに参加し、卒業後は富士吉田市に移住して地域振興事業に取り組む、赤松智志合同会社OULO代表、斎藤和真NPO法人かえる舎代表理事、富士吉田市役所関係者が参加した。慶應義塾からは、伊藤公平塾長(ビデオメッセージ)、玉村雅敏総合政策学部教授、松橋崇史政策・メディア研究科特任准教授、中島直人政策・メディア研究科特任准教授、小檜山雅之理工学部教授(オンライン)、現在フィールドワークを実践している大学院生・学部生、連携事業のコーディネータを務めてきた鴨下雅暉氏(元職員・慶應義塾名誉参与)、社会・地域連携室職員と筆者が参加した。

開会挨拶の後、共同研究・実践活動報告として、「15年間の慶應義塾連携と現在の富士吉田市」、「富士吉田に住み込むまちづくりの実践と協働」、「魅力ある街のデザインに関する共同での調査と実践」、「火山災害の事前対策促進に関する調査研究」の発表があった。引き続き、「富士吉田市・慶應義塾連携 これからの可能性について」と題したトークセッションを行い、人口減少社会、地方の自立、市民の安心安全などをテーマとした意見交換がなされた。

15年間の富士吉田市との連携事業の記録を紐解くと、協定締結当初は教育に関する講演会やセミナー、高大連携を目的とした大学キャンパスの見学会、理工学部教員による出張講義、慶應義塾の産学官連携機関への富士吉田市職員の派遣などが行われている。これらと並行して、2008年には、富士吉田市の現状と課題を把握し、理想像を描くための有識者による事業ワーキングが設置され、11回開催されている。

富士吉田市との連携事業の特徴のひとつとして、対話型報告会に参加した玉村教授、松橋特任准教授、中島特任准教授に加え、一ノ瀬友博環境情報学部教授が、市街地の活性化、歴史的地区の景観形成、富士山周辺の自然環境を生かす取り組み等をテーマとしたスタディツアーを数多く実施してきたことが挙げられる。

スタディツアーとは、塾生が教員と対象地域等を訪れて、地域における課題解決のための調査や社会実験などのフィールドワークを行い、その成果を報告するもので、湘南藤沢キャンパス(SFC)で実施されている学生参加型プロジェクトである。スタディツアーへの参加が多い年は、年間のべ300人以上の塾生が富士吉田市を訪問している。

富士吉田市におけるスタディツアーは、2011年に「富士山と富士信仰を活用した観光施策等調査研究」、「『現代版・富士講』モデルに基づく都市と富士吉田市の新たな関係づくりに関する調査」が開始された。例えば、富士北麓地区の観光客は少なくないが、富士信仰の拠点である御師(おし)まちだった上吉田地区の観光へと繋がっていないという調査結果から、多くの観光客に御師のまち上吉田を歩いてもらう方策という課題設定がなされた。課題解決の方法として、御師まちに焦点を当てた文化の再発見、地域コミュニティ主体の御師まち観光というコンセプトに基づいて、御師の家の開放、富士山を眺めることのできるお休み処の設置などの提案を行い、行政、商店街や御師団などの地域コミュニティと協力して実現に結びつけた。2013年には、富士山の開山祭にあわせて「OPEN! おしまち」を開催している。

慶應義塾と富士吉田市との連携事業の成果として多くの方に身近なものは、慶應義塾公式グッズ「慶應の水」であろう。発端は、2009年度より3年間、地下水保全と適正利用を進めるための基礎調査が、故鹿園直建名誉教授(元理工学部教授)に委託されたことに遡る。調査によって、富士吉田市に湧出する地下水は富士山の標高2,000m付近で浸透した雨雪が富士山の地層を通り、25~40年の年月をかけて浄化されたものであること、他の地域に比較して汚染度を表す一般細菌数や濁度等が圧倒的に低い良質の水であることなどが示された。

一般には、これらの科学的なデータを中心とした報告書の提出や学会発表などで委託事業は成功裏に終了となるところだが、水に関する委託事業は、2010年に始まった「水を活かした富士吉田市と都市との新たな関係づくりに関する調査研究」として、玉村教授にバトンが引き継がれることになる。その結果、SFCの玉村研究会の塾生が中心となり、魅力ある地域資源の水を通じて人々の絆と文化を育む方策の1つとして、「慶應の水」の製品化が企画され、富士吉田市のミネラルウォーター製造企業の協力を得て2013年8月に商品化が実現した。

富士山と慶應の水(リサイクルペッ トボトル)
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