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【KEIO Report】ストルテンベルグNATO事務総長をお迎えして――「戦略構想センター」を設立する
2023/05/10
2023年2月1日、三田キャンパスにて北大西洋条約機構(NATO)のイェンス・ストルテンベルグ事務総長をお迎えして、基調講演が行われた。ストテンベルグ氏の講演のタイトルは、「NATOと日本――新しい安全保障上の現実へ向けた強力なパートナー」であった。ロシアのウクライナ侵略後にヨーロッパの安全保障が動揺する中で、NATOの重要な役割、そしてさらにはNATO日本との関係強化の重要性を、その指導的立場から指摘した。その後、欧州安全保障研究が専門の鶴岡路人総合政策学部准教授の進行のもとで、アメリカ外交・安全保障政策が専門の森聡法学部教授と、西洋外交史研究が専門の私が加わって、4人でパネルディスカッションを行った。その後は、学生との質疑応答の時間も用意し、学生からは率直で活発な質問や意見を聞くことができた。
実は、NATO事務総長を慶應にお迎えするのは、今回がはじめてのことではない。2007年12月13日に、その訪日に合わせて、ヤープ・デ・ホープ・スヘッフェル事務総長が同じく三田キャンパスで講演を行っている。だが、そのときと比べて今回は注目度が大きく異なっていた。国内外のマスコミもその訪日を大きく取りあげ、学生や世論の関心も大きかった。これは何よりも、ウクライナでの戦況が膠着する中で、NATOの方針が大きく注目されているからであろう。
今回は日本政府も、外交プロトコル上で外相級ではなく首脳級の対応をした。講演の前日にはストルテンベルグ事務総長は首相官邸を訪問して、岸田首相との首脳会談を行っている。そこで両者が「日・NATO協力を更なる高みに引き上げていくことを確認」したことが、報じられた。また、岸田首相から「NATOがインド太平洋地域への関心と関与を深めていることを歓迎し、こうした関係の緊密化を踏まえて、独立したNATO代表部を設置する意向」が伝えられた。これは大きな前進である。
昨年2月の戦争勃発以後、ストルテンベルグ事務総長はしばしばメディアで発信をして、国際社会が結束してロシアの侵略を批判して、ウクライナを支援する重要性を訴えている。冷戦が終結して、私たちはヨーロッパが一体となり、平和となることを期待した。そしてヨーロッパの平和と安定のために、冷戦後のヨーロッパでNATOは重要な役割を担ってきた。それゆえ、今回このようなかたちでヨーロッパ大陸において大きな戦争が勃発したことは、ウクライナがNATOの加盟国ではないにせよ、NATOにとっての大きな挫折であり、ヨーロッパの人々にとっては大きな悲劇である。それゆえ、一刻も早い戦争の終結が求められている。そのような緊張感と、強い使命感が、ストルテンベルグ事務総長の基調講演のなかで感じられた。なお、鶴岡准教授は日本におけるNATO研究の第一人者であると同時に、ベルギー大使館専門調査員、そして、また防衛省防衛研究所でかつて勤務していた際に、NATO事務局のスタッフとも親密な交流を行っていた。今回の講演は、鶴岡氏のご尽力によって実現したものである。
ところで、今回のNATO事務総長の特別講演は、慶應義塾大学グローバルリサーチインスティテュート(KGRI)の傘下で今年3月1日に発足した「戦略構想センター」のプレオープニング・イベントとして実施されたものである。この戦略構想センターでは、私がセンター長、そして森聡教授と鶴岡路人准教授が副センター長に就任した。
大学が擁する知を社会に還元するためにも、大学発のシンクタンクが国際問題などでも発信する重要性がかつてないほど高まっている。ハーバード大学では科学国際問題ベルファーセンターが1973年に設立され、また私が昨年夏まで1年間留学したケンブリッジ大学では地政学研究センター(Centre for Geopolitics)が2015年に設立された。
ながらく日本では、安全保障や戦略というようなテーマを大学で論じることが憚られる文化があった。他方で慶應義塾大学は、外交政策や安全保障政策、そして地域研究などの分野の研究において、日本を先導する優れた専門家を数多く擁する。実際に、昨年2月のロシアによるウクライナ侵略勃発後にも、前述の鶴岡准教授や、同じく総合政策学部の廣瀬陽子教授など、数多くの慶應義塾大学に所属する専門家や、慶應で学位を取得した専門家が、新聞やテレビなどのメディアで活躍している。慶應義塾にはその設立以降、「実学の精神」の伝統があり、現実社会との接点を持ち、同時に客観的な根拠のある学問姿勢を尊重する文化を持つ。今回の戦略構想センター設立も、そのような「実学の精神」の系譜の中にあると考えている。
本来はこの戦略構想センターは、昨年5月1日に急逝した故中山俊宏総合政策学部教授(及びKGRI副所長)を中心に設立されるはずであった。シンクタンク勤務経験もあり、日本における政策研究の第一人者であった中山氏とは、鶴岡氏も森氏も私も個人的にも親しくしており、その喪失の大きさは計り知れない。故中山教授による準備の努力と、その想いに応えるためにも、ぜひともこの戦略構想センターを膨らませて、発展させていければと願っている。
その後、3月17日には三田キャンパスで、戦略構想センターのイベントとして、韓国の尹錫悦大統領をお迎えして、「韓日未来世代講演会」と題する講演が行われた。こちらは、日本における韓国政治研究の第一人者の西野純也法学部教授に司会をして頂いた。西野教授は慶應義塾大学法学部卒業後に延世大学で博士号を取得している。他方で尹大統領と近い立場にある尹徳敏韓国駐日大使は、韓国の大学を卒業後に、慶應義塾大学で博士号を取得している。慶應の「国際交流」の伝統が生み出した講演会とも言える。
世界がますます混迷する時代に、このようなかたちで国際交流と政策研究が進み、社会の要請に応える意義は大きい。戦略構想センターを、慶應義塾の精神を受け継いだ新しい組織として、着実に育んでいきたい。
※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。
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細谷 雄一(ほそや ゆういち)
慶應義塾大学法学部教授、KGRI戦略構想センター長