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【KEIO Report】尹錫悦韓国大統領の来塾

2023/05/10

  • 西野 純也(にしの じゅんや)

    慶應義塾大学法学部教授、同東アジア研究所朝鮮半島研究センター長

尹錫悦(ユン・ソンニョル)韓国大統領が3月17日(金)に慶應義塾大学三田キャンパスを訪れ、「韓日未来世代講演会―尹錫悦大統領、学生と未来を語る」と題する行事に参加した。韓国の大統領が、多国間会議参加のためでなく、日韓首脳会談だけのために日本を訪問したのは実に12年ぶりのことであった。

尹大統領は、来塾する前日には岸田文雄首相と首脳会談及び共同会見を行い、10年以上悪化していた日韓関係の改善が本格的にスタートしたことを日韓両国民に告げたばかりであった。そのため、尹大統領が直接学生たちに語りかける機会を得たことは、慶應義塾だけでなく日韓関係のこれからにとっても大変意味のあることであった。現代韓国朝鮮政治を専門とする筆者にとっても、母校であり教鞭をとる慶應義塾大学に韓国大統領を迎えることができたのは、大変光栄であり、意義深い出来事となった。

尹大統領は午後2時半に三田キャンパスに到着すると、北館ホールで150名あまりの学生たちに大きな拍手で迎えられた。伊藤公平塾長は歓迎の挨拶で、1月のダボス会議に出席した際に、尹大統領が自由と平和と繁栄の価値観を共有する国同士が連携する重要性を訴えたことを紹介し、尹大統領がその連携を担っていく日韓の学生たちとの対話のために慶應義塾を訪れたことに謝意を表した。ホールに集まった学生の約半分は韓国からの留学生であり、自国大統領の訪問に喜びを隠せない様子であった。尹大統領は、塾長の挨拶後に演壇に進んで6分ほど学生たちに語りかけた後、およそ30分にわたり学生たちからの質問に丁寧に答えた。

尹大統領は、まず自身の訪日と関連して、「両国関係を正常化すること自体に大きな意味があります。特に日本での日程を締めくくる中で、未来世代である皆さんに会えて本当に感無量であり、皆さんと共にするこの時間を私は心待ちにしていました」と語りかけながら演説を始めた。

演説では、日韓関係の持つ意味と日韓協力の重要性が語られた。「近い隣人である韓国と日本が自由、人権、法治という普遍的な価値を基盤とする自由民主主義国家であることは、それ自体が特別な意味を持ちます。それは、両国が単純に国際社会の規範を守り、互いに尊重することを超えて、連帯と協力を通じて国際社会の平和と繁栄という共同の目標に向かってリーダーシップを発揮しようとしていることを意味します」と尹大統領は述べた。そして、「私は、普遍的価値を共有する韓日両国が、両国の関係改善と発展のために共に努力していることこそが、両国の共同の利益であり、世界の平和と安定にも非常に重要だと考えています」との認識を示した。昨年5月10日の大統領就任以来、国際社会で自由民主主義国との連帯を強化しつつ、積極的な国際貢献を果たす「グローバル中軸国家」(Global Pivotal State)になることを目指す尹政権にとって、日本との関係改善と日韓協力が非常に大きな意味を持っていることを想起させる内容であった。

尹大統領は、大統領選挙キャンペーンの時から一貫して、1998年10月に日韓共同宣言を出したような良好な日韓関係を築くことを外交公約の1つとして掲げてきた。この日の演説でも、「金大中大統領は25年前の1998年にここ東京で、50年にもならない不幸な歴史によって1500年にわたる交流と協力の歴史を無意味にしてしまってはならないと力説しました」と述べ、日韓の若者が多様な分野で積極的に交流できるよう、政府当局や民間のリーダーたちが今一度力を合わせる必要があると訴えた。

学生たちに対しては、「勇気」というキーワードを用いつつ、日韓の間でより積極的に交流をして意思疎通を深めていくことに尹大統領は繰り返し期待を表した。「皆さんが韓国の若者たちと自由かつ旺盛に交流して協力すれば、若い世代の信頼と友情がもたらされ、そのシナジー(相乗効果)を私たちが体感するのに長い時間はかからないでしょう」と述べて、学生たちが日韓の未来を主導していくべきであることを強調した。そして最後に、「この場にいる皆さんも、私も、良い友達をつくり、さらに良い未来をつくっていくために、もう少し勇気を出しましょう。韓国の責任ある政治家として、韓日両国の若い世代の素晴らしい未来のために、勇気を持って最善を尽くしていきます」との力強いメッセージで演説を締めくくった。

その後、学生たちからの5つの質問に対して、尹大統領は1つ1つ丁寧に考えを述べた。日韓関係の改善に向けた取り組みや日韓協力の可能性、さらには学生が日韓関係について考える意義は何か、そして尹政権の外交安全保障政策に関しても質問が出された。

尹大統領は、行事が終わると近くにいる学生たちと1人1人握手をしながら、ゆっくりと笑顔で会場を後にした。行事が始まる入場の際にも、学生たちとしっかり握手を交わしていたのが印象的であった。終了後に学生たちに感想を聞いたところ、韓国の大統領が日韓関係に非常に前向きな発言をして驚いた、勇気という言葉を使ったメッセージが心に残った、という声が多かった。韓国のリーダーが日本で直接若者たちに語りかけることの意味の大きさを、学生たちの反応からうかがい知ることができた。

韓国国家元首の来塾という重要な行事を成功裏に終えることができたのは、事前の準備と当日の運営にあたった慶應義塾職員と韓国大使館員の方々の並々ならぬ尽力があったからである。韓国政府の要請を受けてから1週間に満たない短い準備期間や国家元首を迎えるに際しての警備問題など多くの課題を見事に乗り越えてくれた。グローバルリサーチインスティテュート(KGRI)をはじめとして関係部署の皆さんには改めて深く感謝を申し上げたい。

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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