三田評論ONLINE

【その他】
慶應義塾の2020年度のコロナ対応 ①学事・教育

2021/06/17

  • 青山 藤詞郎(あおやま とうじろう)

    慶應義塾前常任理事[教育・研究担当]

2020年2月、新型コロナウイルスの感染が国内に拡がりつつある最中、果たして2020年度の授業が通常通りに実施できるのかという漫然とした不安に駆られていたことを思い出す。この不安が現実のものとなり、感染症に対しての情報が不足している状況ではあったものの常任理事会のもとに設置された新型コロナウイルス感染症対策本部(以下対策本部)での議論を経て、様々な対策を講じていくことを決定した。

対策の第一手として、学事日程の変更を行った。当初授業開始を4月6日としていたものを、4月30日に遅らせるものであった。学事日程の変更にあたり、「慶應義塾から、新型コロナウイルス感染のクラスターを発生させない」ために、「大勢の塾生・教職員が一堂に会して長時間過ごす環境を作らないこと」を第一のものとした。また、水際対策として入国が制限されている留学生への配慮、さらに、どのような状況に陥った場合であっても学びが継続されることを重視した。そのため、あわせてオンライン授業実施のお願いをした。ただ、当然のことながらこれまでオンライン授業は通学課程において実施したことはなく、情報基盤(IT)担当の國領理事を中心にサポート体制の強化を進めることとなった。

2020年3月の新学期直前、にわかに「緊急事態宣言」が発令されそうな状況となり、マスコミ報道による「ロックダウン」という聞き慣れない言葉が世間を賑やかにした。そこで、対策の第二手として「学内施設の閉鎖」を決定し、大学施設内における教育活動を原則禁止するという措置を講じた(緊急事態宣言は首都圏一都三県ほかに4月7日に発出された)。慶應義塾の歴史のなかでも、キャンパス閉鎖の措置は学生運動が盛んであった1960年代でも行われたことはなく、今回の措置は相当にインパクトの強い措置であったと言える。キャンパス閉鎖に伴い、キャンパスでの対面授業が一切実施できなくなり、授業はすべてオンライン授業へ切り替えられ、図書館や学内のPCルームの使用もできなくなった。

オンライン授業については、既存の塾内のシステムを活用することを前提とし、受講生となり得る塾生のネットワーク環境にも配慮する必要性があったことから、原則として事前に収録された動画を配信する「オンデマンド」形式での実施が推奨された。オンライン授業について、準備や進め方等を学内および各学部・研究科で議論する時間も不足していた状況のなか、授業担当教員にとって大きな負担となったことは容易に想像できる。これまで教室で塾生と対面で行ってきた授業を、あたかも通信教育の授業のように組み立て直す必要があることが想定され、結果として、授業開始を遅らせたことが授業準備期間としての時間を十分に取ることができるという結果になったのは救いであった。

実際に授業が始まると、授業担当教員、および塾生は思ったより早くオンライン授業に馴染んだというのが実感であった。もちろん、多少のトラブルはあった。オンデマンド授業配信の苦労から、心身ともに疲れてしまった授業担当教員、また、一日中オンライン授業を受講し、課題に追われる日々で心身に不調を来たす塾生がいたのも事実であったが、キャンパス閉鎖という異常事態であっても学びの場を絶たせてはならない、という社中の熱い思いが学びの場を継続させていたのだと想像できる。

5月25日の首都圏一都三県の緊急事態宣言解除に伴い、6月8日から段階的にキャンパス施設の利用を可能とすることとした。キャンパス入構時の体温チェックやマスク着用の義務付け等の感染防止対策を講じ、キャンパス内でのクラスター発生が起きないよう、最大限の注意を払ったうえでのものであった。授業は、オンラインでの実施を原則としつつも、理系の実験・実習科目では一部対面授業を再開した。また、図書館、PCルーム等では限定的な利用の再開とした。そのため、キャンパス内は引き続き閑散としたものであった。

また、一部の授業では、オンデマンド形式ではなく、リアルタイム形式での授業が行われるようになった。Zoom(年度初めは、Webexしかなく、Zoomは5月以降に全塾導入された)を用いた双方向のやり取りが可能な授業が行われ、ゼミ形式授業におけるディスカッションも行われるようになった。リアルタイム形式ではネットワークトラブルにより授業に参加できなくなれば学びの場が絶たれることとなる。しかし、そのようなトラブル対応に対するノウハウも徐々に蓄積され、なんとか学びが継続されている、という状況であった。なお、春学期末試験についても、一部を除いては対面での試験を実施せず、レポートでの対応となった。

*  *  *

秋学期の授業については、6月から7月にかけて対策本部で議論を重ねた。秋学期の学事日程は、今後も感染が完全に収束するには時間を要すると予想されることに鑑み、予定されていた定期試験期間を2倍にするための学事日程変更が必要であると判断し、通常授業は12月で終了させ、1月の1カ月間を定期試験期間に充てるという変更を7月に行った。また、一部の授業での対面授業を再開することとした。具体的には、教室定員を通常定員の2分の1以下とする等の感染防止対策を十分に講じたうえで、比較的履修者数の少ない小規模科目(履修者50人以下)の語学、演習、研究会、実験・実習等の科目での対面授業を可とするものであった。

しかし、日本に入国できない留学生や基礎疾患により通学を避けたい等、キャンパスに通学できない塾生のために、対面授業を実施する場合にはオンライン授業を併用する等の配慮をすることが求められた。國領理事の記事でも触れられているが、教室で対面授業をする際に、webカメラを用いて遠隔配信を行う、また、入国できない学生の時差を考慮し、授業をアーカイブ化して配信する等、これまでにない形態での授業が多く行われることとなった。

教室では、密を避け間隔を空けて着席している学生と、画面越しにいる学生とが議論する様子も見える。教室から学生の声が聞こえ、キャンパスに学びの場が戻ってきたと実感した。また、塾生が学びを継続できるよう、図書館やPCルーム等の使用制限を緩和するだけでなく、一部のキャンパスでは、オンライン授業受講用自習室として電源やWi-Fi環境を強化したうえで大規模に設置する等の措置も講じた。また、秋学期は一部学外での教育研究活動としてのフィールドワークの実施もみられた。秋学期末試験は、原則として対面での試験を予定していたが、首都圏一都三県に対し2021年1月8日に2度目の緊急事態宣言が発令されたことを受け、ほぼ全面的に中止となり、春学期末試験同様レポートでの対応となった。

*  *  *

2021年度に向けては、秋学期開始直後の10月から対策本部での議論を開始した。秋学期の対面授業、オンライン授業の実施状況、また、学生個人の対面授業の割合などの統計的な数値も参考に、特に一度も大学に通学できていない一定数の塾生が、少なくとも毎週1回から2回は対面授業が受けられるような環境づくりが急務であることを、2020年11月に各学部・研究科と共有した。

2021年度の授業が4月に始まり、多くのキャンパスでは学生で賑わう様子も見受けられた。現在(2021年5月12日現在)、3度目の緊急事態宣言が発令中であり、(キャンパスによって状況は異なるが)対面授業の多くはオンライン授業に切り替わっている状況ではあるが、キャンパスは授業を受けるだけでなく、仲間との交流を図る場でもある。

義塾の内外での大学におけるオンライン授業におけるアンケートによれば、オンライン授業は学修の観点からは、「通学時間を他の活動に充てることができる等時間の有効活用ができる」、「(オンデマンド形式であれば)分からない部分を何度も見返すことができる、自分のペースで学修ができる」という肯定的な意見の一方、「長時間パソコンの画面を見続けるだけとなると学習意欲や集中力が低下する」、「仲間との接点がなく孤独感を感じる」等の意見も聞いている。対面での授業を通じて知り合う仲間との触れ合いも重要な学びの場でもあることは言うまでもない。コロナ禍の収束が見えないところではあるが、学びの場としてのキャンパスのあり方を考え直す機会として捉えるべきだと考えている。

結びにあたり、本記事に記載した学事関係の様々な対策の立案とその実施にあたって献身的に尽力を頂いている、学部・研究科、授業担当者、学生部他、事務部門の皆様など、ご関係各位に重ねて感謝の意を表したい。

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

  • 1
カテゴリ
三田評論のコーナー

本誌を購入する

関連コンテンツ

最新記事