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慶應義塾の2020年度のコロナ対応 ②IT環境
2021/06/17
2020年2月、新型コロナウイルス感染症(以後コロナ)がただならぬ影響を与えそうだという認識を持って以来、どんな局面でも学生の学びを途絶えさせないことを目標に取り組みを進めてきた。
3月に2020年春学期当初、授業や新学期ガイダンスの全面オンライン化が決まった際には、それを支えるためのコミュニケーション基盤を用意することが喫緊の課題となった。コロナ以前に用意されていたオンライン教育に利用可能な環境として、(1)従来型授業支援システム(LMS)、(2)全学生教職員3万6千人あまりに配布済みのweb会議システムのWebexアカウント、(3)共通認証基盤keio.jp とそれを活用した所属別告知サイト、(4)G-suite によるメールやファイル共有機能、(5)Boxによるファイル共有機能などがあり、これに加えて強い要望があった(6)Zoomアカウントの教職員への緊急配布(約1万アカウント)を行い、それらの組み合わせで春学期を迎えることになった。
3月半ばに早々にリアルタイム型オンライン教育を打ち出し、準備を開始した学部・研究科もあったが、全塾的には3月末段階で、社会的、学内的にシステムが過負荷で不安定になることを想定して、オンデマンド型の授業の提供を保障する方針が決定され、教員・学生向けマニュアルの作成や、オンラインヘルプサイトの構築、研修会の開催などが、全塾的に各キャンパスで行われた。
4月頭には緊急事態宣言が発出されキャンパス閉鎖が行われることとなり、事務部門におけるテレワーク環境の整備を急ぎ実施した。従来から存在したVPN設備の増強に加え、整備途上だったワークフローシステムの稼働や、リモートデスクトップシステムアカウント400アカウントの導入などが実施された。職員のための在宅勤務の実施要領の制定やパソコン貸し出しなども実施された。
学生側の環境整備にも目を配る必要があり、その経済負担の軽減のため、「オンライン授業受講開始支援補助制度」として、1885人の学生に対し、一人あたり上限1万5千円の補助を実施した(後に非常勤講師に対する補助も行った)。また、5月末に第1回目の緊急事態宣言が明けてからは、学内にオンライン教育を受けられるパソコン室などを用意して、自宅や寮などでの受講に不便を感じている学生の支援を行った。
その後、一部の学部・研究科以外は春学期いっぱいオンライン授業が主体となることが決まったところで、システムへの要望が一段と高まっていった。特に要望が大きかったのが、授業支援システムの機能改善である。ファイル格納容量の不足や、オンラインによるテストの実施機能の使いにくさなどが指摘され、対応を行った。重要システムの稼働中の改修で薄氷を踏む思いだった。
春学期を乗り切る目途が見えた7月には秋に向けた検討が本格化した。アンケート調査などにより、オンライン教育の有効性については自信を深めていた一方で、学生の心理的負担が大きくなっていることは明らかで、何とか対面授業を含めたキャンパスライフを復活させたかった。ただし、ソーシャルディスタンスや、留学生などで、来日できない学生への配慮も必要だった。そこで対面授業をやりながら同時にオンライン授業化もする、いわゆるハイフレックス型ハイブリッド教育を想定した。この実現のためにはICT機器だけでなく、教室のAV装置なども整備する必要があった。具体的には三田87教室、日吉70教室、矢上27教室/会議室、SFC17教室、芝共立2教室などに常設機器の設置・オンライン授業対応等を行ったほか、信濃町を含めた各キャンパスで貸出用の機材の充実を行いキャンパス内のどこでも機動的にオンライン教育を実施可能とした。また、キャンパス内での遠隔授業参加によるWi-Fi負荷増大を想定し、三田で33、日吉で48、矢上で6、芝共立で3のアクセスポイントの増設を行った。前年に塾内バックボーンネットワークを10ギガビット対応に全面アップグレードしていたのは幸いだった。
LMSの刷新(Canvas システムの導入)も大きい取り組みだった。オンライン教育のためには授業支援システムが不可欠で、その機能充実への要望が多く寄せられた。従来のシステムは良くできたシステムだったものの古く、機能アップにも限界があり、安定運用面でも不安があった。そこで思い切って突貫工事で新しいシステムを入れ、秋学期から試験運用し2021年から本格運用している。
システム依存の度合いが高まるにつれて重要性が高まったのがサイバーセキュリティで、攻撃をしかける側の活動も活発になっていった。痛恨だったのは、一部システムに攻撃者の侵入を許し、藤沢の学部・研究科が使っていたLMS内から個人情報が流出してしまったことである。他学部などへの被害拡大を防ぐためにシステムを停止したが、秋学期授業開始直前だったため、授業開始を1週間延期せざるをえなくなってしまった。このため、かねてから準備していたサイバーセキュリティの組織と権限規程整備を急ぎ、11月に専門部署「情報セキュリティインシデント対応チーム(CSIRT)」を立ち上げ、先行して導入済みの各種防御システムの運用を含め担当してもらった。
以上、主要な取り組みに絞って紹介したが、他にも就職活動中の学生や卒業生向けの証明書コンビニ発行サービスなど、数多くの取り組みがあった。
最後にコロナ対応に走り回る中でも中長期的な視点を持つことに心がけたことを強調したい。教育・研究の世界では今デジタルを軸に(1)国際連携プログラム、(2)個々の生徒・学生・卒業生にカスタマイズした生涯教育、(3)多様な有為人材を確保するための働き方改革などが急進展している。その中で、LMSは、個々の学生・生徒の学修履歴をデータ化して最適な教育を提供するための核となる仕組みとなる。また、医学等の理系だけでなく人文系でも進むデータサイエンス化に対してのデータ研究基盤整備の検討も進めた。さらに、ワークフローシステムは電子決裁による効率化だけでなく、組織運営状況のデータによる分析を可能としつつある。コロナという禍を未来へのバネにすることで打ち克ちたい。
※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。
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國領 二郎(こくりょう じろう)
慶應義塾前常任理事[情報基盤担当]