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福澤諭吉記念慶應義塾史展示館
第4回 慶應義塾史上のモノを並べる

2021/05/15

  • 都倉 武之(とくら たけゆき)

    慶應義塾福澤研究センター准教授

三田の図書館旧館に「慶應義塾史展示館」が開館すると聞いて、どのようなモノが並ぶことを想像されるであろうか。今回は特に具体的な展示品を中心に、会場内を概観してみよう。

「いわば、同格だ」

展示館に入ると、来場者はオープニング映像に迎えられる。福澤が三田に残した気風をよく伝える3つの逸話を核とした5分余りの内容で、ナレーションは岩田剛典さん、福澤諭吉の声を市川猿之助さんに担当して頂いた。明治の中頃、塾の人間関係を知らない新入生に福澤が、うちの学校では教師も塾生も同じ仲間、「いわば、同格だ」と言い放つシーンを再現した猿之助さんの野太い声は、岩田さんの爽やかな声とともに来場者に強烈な印象を残すだろう。

颯々の章 福澤諭吉の出発

福澤の生涯と慶應義塾の歴史を紹介する展示は、4つの章に分かれている。まず第1章に当たるのが「颯々(さっさつ)の章」だ。「さっさとやる」の「さっさ」で、『福翁自伝』に頻繁に使用されているキーワードであり、物事に拘泥せず、活発に軽快に前進する福澤のメンタリティーを示す。昨年亡くなられた比較文学者の芳賀徹さんが福澤を語る際に好んで用いた語であった。

この章では、福澤の生い立ちや学問形成、海外体験を展示する。「颯々」を意識してご覧頂くことで、展示品が有機的に相互に連関していくと思う。「門閥制度は親の敵」と記した『福翁自伝』原稿や、サンフランシスコで撮った少女との写真など、定番の重要資料が一堂に並ぶ。筆者のこだわりは、『西洋事情』(1866年刊)の扉に描かれた近代世界の図。一見わかりにくいが、福澤が世界の変化をどのように捉えていたのか、是非注目して頂きたい。

智勇の章 文明の創造と学問の力

第2章の「智勇」も福澤のキーワードだ。これは「智勇兼備」といった場合の智+勇という並列関係とは違う。智を基礎とした勇、つまり蛮勇や武勇ではない智勇だ。福澤は何をした人かといえば、「人々のやる気スイッチを入れた」と最近よく説明する。多くの人に「勇」を奮い起こさせ行動を促したのだ。行動力の源となるのは、武ではなく、智(学問)であることを気付かせたのだ。

再現も交えたオープニング映像

この章では、1858年の蘭学塾の始まりから、1901年の福澤没までを、福澤の活動と塾史を絡めながら展示する。全体で最もボリュームがあるコーナーだ。注目して頂きたい資料はたくさんあるが、中でも(レプリカではあるが)慶應義塾が1884年に政府に提出した徴兵令改正を求める請願書を審議した公文書は注目に値する。このままの法律では義塾は潰れてしまう、という訴えに対して、政府は何と考えたか。義塾をはじめ私立学校が全て廃滅したとしても「国家ニ必須緊要」な学校ではないので心配ない、と書いてある。これなどは近代日本、否、現代日本を考える上でも好材料となろう。

独立自尊の章  私立としての矜恃と苦悩

第3章では、福澤没後から現在に至る塾史を扱う。戦争の時代を経て戦後へと至る難しい時代だ。行政との攻防を考える「私立としての慶應義塾の抵抗と順応」という解説は、ぜひ注目して頂きたい。なお義塾の最新事情はこの展示には馴染まないものと考えて対象外とし、日本史上のトピックといえるかどうかを意識して選んだ。日本初のAO入試要項や、村井純さんに贈られた1995年の日本新語・流行語大賞の記念品(受賞語「インターネット」)などは、紛れもなく日本史上の資料といえよう。

『西洋事情』扉。地球上に電線が張られ、擬人化 された情報が走る
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