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あたらしいミュージアムをつくる: 慶應義塾ミュージアム・コモンズ
第6回 モノの背後に広がる風景を読む──KeMCoにおける展示活動と教育プログラム

2021/03/22

OBLの実践

理論の説明だけでは分かりにくいので、実践例をお示ししよう。2020年度秋学期に、開館に先駆けてKeMCoの設置講座「ミュージアムとコモンズ」を開講した。KeMCoに関わる教員がオムニバスで授業を担当し、このOBLの実践も試みた。折悪しく新型コロナウイルス感染症の拡大を受けて、オンライン・ワークショップという形での実施となったため、同じモノを参加者が眼前にすることは不可能であった。そこで各々「コップ」を1つ手元に用意してもらうことにした。そしてそのコップについて、OBLの記述シートに従って、記述をしていった。記述シートはモノを基本的に把握するところから始まる。大きさ、色、形……。それを記述する時に、大きさの記述が既に個性的である。「掌にすっぽり入る大きさ」「高さ10センチ、口径5センチほど」「200ミリリットル入りそう」……。「大きさ」の捉え方さえ、個人によって異なることが現れる。そして、何より「コップを1つ用意する」と言われた「コップ」の意味するところが様々である。ガラスのコップがあり、マグカップがあり、紙コップがある。これは変則的な実践例ではあるが、コップ1つを用意して記述するという作業で見えてきた多様性──人はモノを把握する時に既に各々違っているということ、記述の仕方にもまたバラエティがあるということが実感されただろう。OBLでは、自分の見方で観察しそれを記述することから出発し、他者との違いや基本的な認識にも多様性があることを知るとともに、自らのモノの把握の仕方や感じ方を自覚することになる。ここからコミュニケーションが生まれ、対話や討論へと発展していくだろう。

オブジェクト・ベースト・ラーニングをテーマとした、 UMAC 東京セミナーでのシンポジウム(2019 年)
OBL 記述シート。イギリスのOBL 推進者の1 人、Judy Willcocks (Central Saint Martins)による「モノを読む方法 How to read an object」という質問シートで、対象を観察して、記述し、推論を行い、 仮説を立てるという段階を踏むように導く質問例で構成されている。
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モノの背後に広がる風景

例えば1体のブロンズ彫刻を前にして、美術史の専門家と、金属工学の専門家と、医学の専門家は違った観察と記述をするだろう。このような多岐にわたる専門家たちが、同じ1体のブロンズ像を対象とする授業を組み立てることはできないだろうか。実現すれば、KeMCoという大学ミュージアムならではのプログラムになるに違いない。モノを核にするからこそ展開する学問の広がりは教育プログラムとして学生が享受するだけでなく、領域横断的な研究にもつながっていくだろう。

展示活動を通して、また教育プログラムの実践でも、さらにその両者につながる研究においても、モノを出発点としつつ、その背後に広がる風景を読むことによって展開する豊かな創造的世界にKeMCoで触れていただければ幸いである

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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