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福澤諭吉記念慶應義塾史展示館
第2回 福澤諭吉・慶應義塾史の裾野を広げる

2021/03/16

オーソドックスで「密」な解説

いまどきの展示施設は、ディスプレイ手法も様々な工夫が凝らされたものが増えているが、その点、この展示館はかなりオーソドックスだ。解説は、文字数を極力減らし、説明は平易になるよう心がけているものの、みっちりと文字が書き込んであるという印象を受けるかも知れない。初めて見たある人に「時節に反して密ですね」と言われたほどだ。

知りたい人にとって物足りないものとならないように、豊富な情報を提供しつつ、そこからさらなる面白さに派生するキーワードをあちこちに配置し、展示を何度も見ていくと気付くリンクを張り巡らせてある。

また、福澤自身の言葉や、慶應義塾史上の重要な文章などの印象的な一節を展示の各所にちりばめた。これはアメリカの各大統領の博物館などが念頭にある。「資料の実物」とあわせ、当時の「生の言葉」に触れて、関心があればその原典に戻って深めてもらえるように、好奇心の発展を期待した工夫である。

苦心した英語併記

もう1つ、外国人の来訪を期待して、英語併記を原則とした点も苦労が多かった。これについてはグローバル本部慶應トランスレーションチームのフィリップ・ブルントン、トーマス・リドウェン、アレックス・クィーンの3氏と商学部のジェフリー・クラシゲさんのご尽力の賜である。歴史的な表現を英語化することはかなり難しく、おそらく今後も修正を重ねる必要があるかと思う。それ以外にも、氏名の表記は、近年の潮流を踏まえ、すべて姓・名順に統一。塾内の歴史的固有名詞で定訳が無かったものは訳を作った。たとえば1922年に開設された「高等部」のJunior College of Liberal Education は教育の実態や戦前の訳例を踏まえたかなりの意訳であり、1905年開校の「商工学校」は近年別の訳例が見られたのを採らず、同校の校章がペンマークにCとTを重ねたものだったことを踏まえてCommercial and Technical Schoolとした。このように英訳においても様々な事情を可能な限り盛り込んだ。

展示の最後に置かれた「社中協力」の解説

独立自尊=「自分で考えろ」

この展示館を訪れても、こんにちの複雑な社会情勢に対して、何か直接的な回答を出してくれるすぐに役立つ展示は1つとしてない。狭い三田の貴重な空間を、過去を振り返る後ろ向きの用途に使うのか、という声が展示計画中に聞こえてきたこともあった。歴史は即効性は無いかも知れないが、長い年月をかけて人々の生き方を左右する力を持ちうる。この施設は慶應義塾関係者であるかないかにかかわらず、そのような場になって欲しい。そして福澤という存在、慶應義塾の歴史はそういう意味で、実に役に立つと思う。

万人がすぐ有り難がるようなものの胡散臭さを知り尽くしていた福澤は、自分の死が近づいた時、周囲が「最後の有り難い言葉」を期待していることに気付いた。ソコデ生まれたのが「独立自尊」だ。この言葉は誰にも受け入れられやすく、しかも実はただ「自分で考えろ」というだけの言葉なのである。来場者が生涯学び続け、常に自分で考え、挑戦する強さを後押しする──そんな場にできれば、本望である。

和英併記の展示は意図が伝わるように訳 し方も工夫した

福澤諭吉記念 慶應義塾史展示館 HP
https://history.keio.ac.jp/

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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