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あたらしいミュージアムをつくる: 慶應義塾ミュージアム・コモンズ
第4回 大学ミュージアムにおける作品の保存・研究教育・公開

2021/01/22

文字文化を伝える至宝

センチュリー赤尾コレクションは、写経、古筆、墨蹟など、書跡類に優品が多いことで知られている。例えば、「紺紙金字観普賢経」(基親願経)、古筆手鑑『武蔵野』や伝藤原公任(ふじわらきんとう、966~1041)筆「石山切」などがあげられ、これまでも様々に紹介されてきた。古鏡コレクションは国内屈指の質と量を誇る。紀元前に制作された銅鏡の精緻な刻線による装飾や、銘帯にしるされた文字は、古の文化への想像を掻き立ててくれるだろう。漆工品には、例えば「神護寺経経櫃」がある。出自を同じくする神護寺に収蔵された経巻、経帙、経櫃一式は重要文化財に指定されている。

絵画は、歌仙など文学と関わりのある作品がほとんどだが、一方で仏画は件数が多く、内容も多岐にわたる。仏画の専門家である文学部・林温教授と何度も合同で調査を行い、注目すべき作品が見つかった。なかでも重要なのが「嘉禎四年戊戌正月十八日僧厳海」と署名がある「弘法大師図」(図2)である。本図は署名から、嘉禎四(1238)年、真言僧の厳海(ごんかい、1173~1251)が制作させたと考えられるが、厳海は、九条頼経(くじょうよりつね、1218~1256)が将軍として鎌倉へ行ったのに合わせて、文暦元(1234)年、鎌倉へ下向した人物であるため、本図も鎌倉の寺院に由来する可能性がある。

絵巻にも優品が多い。冷泉為助(れいぜいためすけ、1263~1328)筆「三十六歌仙絵巻」は、三十六歌仙が分割されることなく完備した鎌倉時代の絵巻として注目される。烏丸光広(からすまるみつひろ、1579〜1638)筆「西行法師行状絵巻」は、俵屋宗達(たわらやそうたつ、生没年不詳)が写した絵巻(出光美術館所蔵)と同じ原本からの忠実な模写本として注目される。西行物語は国文学、美術史学等領域を横断して研究されてきたが、総合大学である慶應義塾への寄贈を機に、さらに学際的な研究が進展することが期待できるだろう。

図2 「弘法大師図」

文化財を通じて学びを広げる

上記作品を含む、センチュリー赤尾コレクションの多岐にわたる収蔵品は、古代彫刻から近現代作家まで多岐にわたる慶應義塾のコレクションとともに、KeMCoで開催する展覧会で公開するほかに、授業と連関するカジュアルな形での展示活動や、KeMCoが推進するオブジェクト・ベースト・ラーニングなど、教育現場での活用を検討している。2020年度秋学期に開講したKeMCo講座は、この情勢下、オンラインでの実施になったが、様々な専門領域において、オブジェクトを核とした学びの提供を試みた。圧倒的な情報量を持つ作品を前に、様々な専攻の学生と教員が対話することは、お互いにとって刺激的な体験となっている。収蔵展示施設をともなうKeMCoの誕生は、博物館学教育は言うに及ばず、実作を用いた研究と教育の可能性を広げる。例えば、文化財の脆弱性についての知識経験は、実際にそれらを目の当たりにしなくては危機感を持ちづらい。オープン・デポなどを通して、展示室での美しい姿だけではなく、ありのままの文化財を目にすることで、それらが、大切に守り継がれ、今日それを手に取れる尊さを実感することは、学生が卒業後、様々な分野で社会的役割を果たす上で、糧となるだろう。

簡単ではあるが、KeMCoの「コレクション」に関わる機能や研究教育活動と、センチュリー赤尾コレクションについて紹介した。センチュリー赤尾コレクションは、慶應義塾が蒐集し保管してきたコレクションとともに活用することで、文化財を通しての学びを、より魅力的に展開していくことができる。『慶應義塾名品撰』でその一部をお伝えしたが、今後は、1つ1つのトピックを展示や様々な形で、掘り起こしていく予定である。まずは、本文で紹介した一部の作品や名品撰に紹介した作品を、2021年度に開催する開館記念展示で、順次紹介すべく準備中である。塾生、塾員、教員そして地域の方に、開かれたKeMCoとなれるよう、開館した暁には、足を運んでいただき、サポートしていただけたら幸いである。

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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