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あたらしいミュージアムをつくる: 慶應義塾ミュージアム・コモンズ
第4回 大学ミュージアムにおける作品の保存・研究教育・公開

2021/01/22

  • 松谷 芙芙(まつや ふみ)

    慶應義塾ミュージアム・コモンズ専任講師

これまでの連載で、慶應義塾ミュージアム・コモンズ(KeMCo)が目指す、新しい大学ミュージアムへの展望やこれまでの取り組みを紹介してきた。特に、第3回では、文化財そのもの(=アナログ)の情報と、デジタル技術を融合して活用してゆくKeMCo StudI/O(ケムコ・スタジオ)について詳しい紹介をしてきたが、これに続き今回は、KeMCoのもう1つの柱である、「コレクション」に関わる機能について、これまでの活動について紹介するとともに、オープン後のビジョンを描きたいと思う。

KeMCoのビジョンを表すオープン・デポ

KeMCoの施設名を表すフォントを見ていただきたい(図1)。どの文字も、必ずどこかに開口部があり、線で閉じられていない。これは、KeMCoが様々な学内の組織と協働する開かれた施設であろうとする展望を体現している。これを象徴する部屋の1つに「オープン・デポ」がある(写真)。オープン・デポは、1階エントランスから3階展示室に向かう階段に隣接する、ガラス張りの前室である。2つの収蔵庫に挟まれたこの部屋では、作品の貸出時の点検作業や、調査作業、展覧会準備などが行われる。作品に関わる学芸員の日常業務を、来館者が垣間見て、肌で感じていただこうという、他のミュージアムには例がない試みである。このような大胆な選択をしたのは、KeMCoが、文化財を用いた教育と研究の現場であることを重視した結果である。5階には、博物館学実習をはじめとする、文化財を用いた授業などを行うワークショップルームを備えている。それに加えて、オープン・デポや展示ルーム、踊り場など館内の様々な空間を、教育や研究活動、展示に活用できるよう、建物の設計段階から様々な可能性を検討し工夫を凝らしてきた。開館後は、建物全体が展示室であり、教室であり、ラボであり、学生と教員、来館者が自由に文化財について考え、対話する場になることを願っている。

図1 KeMCo のフォント
KeMCo オープン・デポ

KeMCoは、4つの収蔵庫を備えるが、そこには、慶應義塾の創立当初から様々な形で集まってきた文化財と、後に詳述する、センチュリー赤尾コレクションが主に収納される。慶應義塾が管理し、校内を彩ってきた近代の美術作品の数々は、『慶應義塾名品撰』(慶應義塾ミュージアム・コモンズ編集、2020年。三田インフォメーションプラザ等で販売中)で紹介しているので、ぜひご覧いただきたい。明治時代の彫刻家大熊氏廣による福澤諭吉座像、図書館旧館の新築記念に寄贈された北村四海の手古奈像など良く知られた名品に加え、近現代の絵画、彫刻を多数所蔵している。これらの作品は、美術品管理運用委員会を通して、保存修復が講じられてきたが、安全で適切な保存・収蔵に最善が尽くされているとは言い難い状態にあった。開館を前に、KeMCoが取り組んできた「コレクション」に関わる活動は、これら従来の慶應義塾コレクションとセンチュリー赤尾コレクションの、公開を目指した作品情報の収集整理と、収蔵計画におおよそ収斂されるといってよい。

圧巻のセンチュリー赤尾コレクション

ここからは、新しく仲間入りするセンチュリー赤尾コレクションについて紹介を加えたい。センチュリー文化財団は、1979年、旺文社を創業した赤尾好夫氏(1907~85)が文字文化資料の保存を目的として設立した。初代の後をついだ赤尾一夫氏(塾員)は、センチュリーミュージアム(文京区本郷)を創設、初代館長を務めた古筆学者・小松茂美氏(1925~2010)とともに精力的に作品を蒐集し、センチュリー赤尾コレクションは大きく発展した。現在は、書跡、絵画、金工、漆工、彫刻等、2,325件にのぼる。このなかには、古筆の鑑定を生業にした古筆家に伝わった資料一式も含まれ、今後の調査によって件数は増加していくことになるだろう。質量ともに膨大なコレクションが、広く研究者の眼によって吟味、検討される必要性を重視したセンチュリー文化財団によって、2008年、そのうち1,740件が慶應義塾に寄託され、慶應義塾附属研究所斯道文庫に保管された。斯道文庫では、その務めを果たすべく、センチュリー赤尾コレクションに関する精緻な研究に取り組むとともに、その成果を展覧会で一般に公開し、さらなる研究活動を後押ししてきた。一方で、センチュリー文化財団は、2010年、早稲田鶴巻町にセンチュリーミュージアムを移転、2020年7月まで展覧会を通して、収蔵品に関する研究および発信に取り組んでこられた。2018年、センチュリー文化財団から、慶應義塾へ、美術作品資料の寄贈と、それらを保存活用するための寄付が提案されたことにより、それらを一括して収蔵し展示するための新施設建設の合意が成立した。翌年、斯道文庫と共同して受贈に向けての事前調査を開始。新型コロナウイルスの影響で、一時業務を見合わせる時期もあったが、2020年末までにすべての収蔵品の梱包作業が終了、遂に2021年3月、KeMCoおよび斯道文庫への運び込みを待つのみになった。

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