三田評論ONLINE

【その他】
あたらしいミュージアムをつくる: 慶應義塾ミュージアム・コモンズ
第2回 立ち上がるプロジェクト──KeMCoプレビューに向けて

2020/11/24

山田健二氏による《MITA Intercept》

もう1つのコミッションワークは、山田健二氏によるプロジェクト・ベースの作品、《MITA Intercept》である。

山田氏はソーシャリー・エンゲージド・アート(Socially Engaged Art :以下、SEA)のフィールドで活動する現代美術家である。SEAは作家が社会へ積極的に関与し、そこでの対話や協働を制作に結びつけていく現代美術における1つの方法論であり、山田氏はコミュニティでの対話をとおし、日常的には見えていなかったものを明らかにしていくアプローチをとる。「空き地」としてのKeMCo、そして「コモンズ」の概念が元々「入会地(いりあいち)」を指し示したように、場を介して生まれる人々の交流や情報・事物の交換という点においてKeMCoと関心を共有し、長期的プロセスのなかで制作を進めてきた。

この協働プロジェクトは約2年前、三田2丁目町屋遺跡の発掘調査を現代美術家の目を通して記録・作品化していくことに端を発する。その過程で山田氏は、発掘現場、三田地域およびキャンパス内での積極的なアーティスト・リサーチを実施し、慶應義塾を交点として生じるさまざまな事象を含んでいく「MITA Intercept」の構想と、そこに集う人々(学生や市民)が関与し覗き見る世界を形にしていくという作品のコンセプトが生まれた。

また、ある種、闖入者としてのアーティストの目が捉えたのは、義塾で過ごす人々にとっては日常風景の一部である「ステッカー」(木製の立看板)であった。キャンパスの至るところに点在するステッカーの特異な形態、そしてその公共性とメディア性によって、本作品のキーアイテムとして焦点が絞り込まれていった。ステッカーの歴史や制作方法、使用にまつわるヒアリングなどを重ねるなかで学生との協働も生まれた。新型コロナウイルス感染症拡大の影響により、オンライン参加を含んだワークショップという形となったが、キャンパスの垣根を超えて山田氏のアート・プロジェクトやKeMCoの活動に関心をもった学生たちが集い、作家との対話を通じて自分たちが普段何気なく見てきたもの/使用していたものについて語り、その存在について再考しながら、新たな発想へと繋げていく思考のプロセスは、双方に発見をもたらした。

こうしたプロセスを統合するのが、KeMCoプレビューおいて制作・公開されるインスタレーション作品《MITA Intercept》である。さまざまな対話をもとに作家が考案したステッカーの進化形態的造形物を表現のプラットフォームに、塾史、キャンパスの文化、東別館敷地の発掘調査、三田という地域、そこに関わる人々……といったさまざまなキーワードが結実する映像作品が現れる。

ステッカーに関する学生ワークショップ

塾内における連携

一方で、塾内のさまざまな部署との協働によるプロジェクトも動いている。KeMCoのプレビューに合わせ、『慶應義塾名品撰』の刊行(一般販売開始は11月中旬を予定)とオンライン展覧会「Keio Exhibition RoomX :人間交際」の開催(2020年10月26日~12月25日)がある。

『慶應義塾名品撰』は、慶應義塾に存在するさまざまな作品を紹介するヴィジュアル・ブックであり、KeMCoが編集を担当し関係各署の協力を得ながら刊行準備にあたった。160年という義塾の歴史のなかで蓄積されたコレクションは多岐にわたり、考古学的文化財、古代から現代にいたるまでの絵画・彫刻などの美術作品、各時代を反映する建築物、東洋・西洋の貴重書、そしてコレクションとしての蔵書・史料群……といったさまざまな領域における作品や資料が存在する。同書ではこれらとともに学部・研究科の教職員ら、専門家の協力を得て解説やコラム、文献や展覧会リストといった関連資料も掲載することで、慶應義塾のもつ文化財のゆたかさと、人的交流のなかで形成されたコレクションの在りよう、そしてその活用の一端に触れることができる書籍の構成を目指した。

同様に、塾内で主に所蔵品の管理や展示を行う部署との協働で開催する「Keio Exhibition RoomX :人間交際」では、各部署一推しの作品・資料を鑑賞できるオンライン上の「部屋」(Exhibition RoomX)を開設し、義塾が所蔵する美術、考古学、歴史、貴重書などのコレクションから「人間交際」をテーマに文化財57点を出品する。各部署が用意した充実したコンテンツにより、オンライン展覧会ならではの鑑賞体験を提供していく。

以上のように、KeMCoはその設立当初から塾内外の人々と協働・連携した活動を行ってきており、建物の竣工とともに行われるKeMCoプレビュー・イベントで公開されるのはその先鋒となるものである。残念ながら、新型コロナウイルスによる状況下で完全公開を行えないが、その記録はオンラインで閲覧可能である。さまざまな交差・交流を生むハブとしてのKeMCoの活動をご覧いただければ幸いである。

『慶應義塾名品撰』編集作業の様子

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

カテゴリ
三田評論のコーナー

本誌を購入する

関連コンテンツ

最新記事