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あたらしいミュージアムをつくる: 慶應義塾ミュージアム・コモンズ
第1回 創造的「空き地」で何が起こるのか

2020/10/22

あたらしい教育実践

慶應義塾のコレクションは、展覧会に出品されるだけではなく、博物館実習や貴重書活用授業をはじめとする教育に活用されている。KeMCoではこれらの実践を踏まえ、オブジェクト・ベースト・ラーニング(OBL: Object Based Learning)というあらたな教育プログラムに取り組む。OBLは、単純化するならば、作品の観察と言語化、他者との共有を通じて多様な価値観を知り、受け入れる方法を学ぶ教育理論で、イギリスやオーストラリアで広がりを見せているが、国内ではまだ実践例が少ない。

KeMCoでは、2019年に国際シンポジウム「The Power of Objects:Practices and Prospects of Object Based Learning」を開催し、海外の先行例を学ぶとともに国際的なコミュニティとの交流を行った。

学生とアーティストが共同するワークショップも企画している。プロトタイプとして、塾構内のそこかしこに立つ木製の「ステッカー」をモチーフに、学生や教職員、地域住民へのヒアリングを通じて慶應義塾の歴史や文化を作品化するプロジェクトを、2019年から美術家山田健二氏と共に進めている。

デジタルとアナログをつなぐ

KeMCoでは、これまで紹介してきたようなプログラムを塾内外のさまざまな活動と結びつけ拡張する環境を、デジタル空間につくりだそうとしている。基盤となるのは、文化財を所管する塾内諸部門と協力し構築する、慶應義塾の文化財情報ハブ──デジタル・アーカイヴである。

いままさに開発を進めているこのシステムは、塾のさまざまな文化財を結びつけるだけではなく、Linked Open Data やIIIF(トリプルアイエフ) など、情報の共有化を進める国際的な枠組みへの参画によって、塾のコレクションと国内外の機関のコレクションをつなぐ計画である。

このようなデジタル空間に存在する文化財と、現実の(アナログの)文化財をつなぐ場として設置されるのが、「KeMCo StudI/O( ケムコ・スタジオ)」、旧称「I/O ルーム」である。3Dスキャンにも対応したデジタル化機能と、デジタル・データを活用し、3Dプリンタなどの工具を駆使して工作を行う機能を兼ね備えたこの部屋では、ミュージアムにおける展示・収蔵の実践と間近に接しながら、デジタルとアナログの関係性を体験を通じて学ぶとともに、メディア横断的な創造を展開することができる。

ケムコ・スタジオをさらにユニークな存在にするのが、大山エンリコイサム氏(環境情報学部卒)によるコミッション・ワークである。大山エンリコイサム氏は、グラフィティ・アートを中心に活躍する現代美術家であり、メディアを横断する芸術表現に深い関心を寄せている。大山氏の関心と、デジタルとアナログを架橋するKeMCoのコンセプトが重なり合ったことから、ケムコ・スタジオの、ひいてはKeMCoのシンボルとなる作品の制作をお引き受けいただいた。

ここまで、かなり早足ではあるが、KeMCoの活動を改めて概観してきた。来月からは、KeMCoの所員が交替で、それぞれの活動を詳しく解説していく。

ちなみに、10月26日からは、KeMCoが「塾所蔵文化財のハブ」として関わる最初の展覧会がオープンする。「人間交際」をテーマとしたこのオンライン展覧会には、慶應義塾のさまざまなコレクションから57点の文化財が登場する。また、同日より1週間、KeMCoのプレビューイベントがオンラインで展開する。KeMCoのウェブサイトから、最新情報をご確認いただければ幸いである。

文化財を3D スキャンする
大山エンリコイサム氏との打ち合わせ

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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