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【新 慶應義塾豆百科】
矢上キャンパスから見える富士山

2025/01/31

「一富士二鷹三茄子」は、初夢に見ると良いとされる縁起物である。ことに富士山はその「末広がり」の形状と「無事」「不死」への連想から縁起物とされてきた。縁起が良く、日本のシンボルとも言える富士山を空気の澄んだ晴れた日に矢上キャンパスからも望むことができる。

矢上キャンパスは海抜30メートルに満たない小高い丘の上にある。入構するアプローチには幾分急な坂があり、この坂道を登るのが辛くなったらそろそろ定年ということから、理工学部教員には「定年坂」と呼ばれることもある。そんな立地もあり、キャンパスからの眺望は良い。矢上キャンパスのシンボルタワーでもある創想館(14棟、2000年竣工)の最上階(7階)からは、丹沢山地の向こうに富士山を眺めることができる。

富士山は理工学部にとって日常風景の1コマにとどまらず、研究対象でもある。慶應義塾は2007年から山梨県、富士吉田市と連携協定を結び、環境保全や地域活性化の事業等を展開している。地域活性化の一環で企画・商品化された「慶應の水」は、富士吉田市に湧き出る軟水が使用されている。この水が標高約2000m付近から富士山の地層を通り、実に25年から40年もの時間をかけてふもとの街に湧き出していることを明らかにしたのは、鹿園直建名誉教授(元理工学部教授・故人)の調査によるものであった。

地域に豊かな生活をもたらす一方、富士山は噴火すれば災害も懸念される。広域的な災害時に住民による自主防災組織が機能するよう、小檜山雅之理工学部教授らは、山梨県富士山科学研究所との共同研究により、拡張現実を用いた富士山火山ハザードマップの作成や次世代火山防災リーダーの育成を目的とした机上訓練のフレームワーク、訓練ツールの開発研究等に取り組んでいる。訓練ツールは様々なデジタル端末から利用でき、ゲーム要素を取り入れ動機づけや学習効果の向上が図られている。地元住民の方が参加した実証実験では、訓練ツールによって住民が自律的に訓練できること、複数の防災リーダー育成に寄与すること、参加者の理解や学習効果の向上に役立つことなどが確認されている。

最後に時計の針を85年ほど前、理工学部の始まりまで戻したい。理工学部の前身である藤原工業大学は1939年、日吉キャンパスに開校している。藤原工業大学創立1年記念祭歌の「惜春の譜 はたぐも」には次のような一節がある。

日吉が丘の宵空に 富嶽は何を語るらむ

戦時下の苦難にあっても科学技術を志し、遠い青春を過ごした先達も様々な思いで眺めていたであろう富士山は、今日も美しい姿でそこにある。本年が穏やかであり、塾生が学問に邁進できる1年であることを願う。

(理工学部総務課長 中村正人)

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。
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