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【執筆ノート】
『サンリオ出版大全──教養・メルヘン・SF文庫』

2024/05/28

  • 小平 麻衣子(共編)(おだいら まいこ )

    慶應義塾大学文学部教授

文学研究者である私がサンリオの研究をしていると話すと、「なぜ?」という反応に多く出くわす。サンリオといえば、ハローキティなどのキャラクター事業で有名な企業だが、かつて1970~80年代を中心に、やなせたかし編集の投稿雑誌『詩とメルヘン』や、SF文庫をはじめとする海外文学の翻訳、全ページカラーのマンガ雑誌『リリカ』、女性向け大衆小説のシルエットロマンスというレーベルなど、多くの出版物を出していた。また『キタキツネ物語』など映画も製作し、配給まで行っていた。

それぞれ強く愛好するファンがいるが、同じ年代であるにもかかわらず、ほとんど知らずに過ごした人もいるという棲み分けは、その後オタク文化と呼ばれることになるサブカルチャーの形式のはしりだといってもよい。ところがこれらはそもそも、創業者・辻󠄀信太郎の、戦前からの教養主義につながる文学趣味に端を発しているのである。そうした劇的な変容が起こった70年代とは、出版にとってどのような時代だったのか。サンリオという一企業を視座に考えようとしたのが本書である。13名の執筆者が各自の観点から取り組み、当時関わった方のお話も伺った。

例えば『詩とメルヘン』は素人が投稿した詩に、やなせたかしなどプロのイラストレーターが絵をつける特異な雑誌であった。文学者ではなく、読者たちがどのように文学に参加し作りかえていったのか。ノスタルジーを愉しむだけではなく、SNSが普及し、研究の価値観も進展した今日だからこそ再評価できることも多い。キャラクターから連想される〈かわいい〉文化には括れない女性詩人や投稿者にも注目している。

研究中に『三田評論』のご縁で、塾員である現在の辻󠄀朋邦社長にインタビューさせていただいた(2023年6月号)。ハローキティをかたどったソファのある応接室にお邪魔したが、『詩とメルヘン』時代のイラスト原画も多く飾られており、歴史を実感した。サンリオが社史を公刊していないのは、常に未来を見ているからだろうが、研究者は過去を捉え返す。参加した人々の思いと、さまざまな文学のかたちを再確認できればという思いを本に込めた。

『サンリオ出版大全──教養・メルヘン・SF文庫』
小平 麻衣子(共編)
慶應義塾大学出版会
444頁、3,960円〈税込〉

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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