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【執筆ノート】
『僕の大統領は黒人だった─バラク・オバマとアメリカの8年』(上)(下)タナハシ・コーツ著

2021/02/23

  • 池田 年穂(共訳)(いけだ としほ)

    慶應義塾大学名誉教授

暑い夏に本書の訳をリファインしていた間のことだ。西崎文子氏がBLM運動についての記事を朝日新聞に寄せたが、読むべき3冊にタナハシ・コーツの『世界と僕のあいだに』が挙げられていた。トニ・モリスンをしてコーツを「ジェームズ・ボールドウィンの再来」と呼ばしめた作品(全米図書賞受賞作)である。拙訳はコーツの日本における紹介となった。

また、渡辺靖氏が本誌の「演説館」に寄せた白人ナショナリズムについての記事に次の一文があった。〈また、「忘れられた人々」「法と秩序」など、白人保守層を鼓舞すると思しき隠語も多用していた。そうした同氏[トランプ]の姿を、著名な黒人作家タナハシ・コーツは「米国初の白人大統領」と称した〉。「米国初の白人大統領」は、本書のエピローグとして使われている記事のタイトルでもあった。なぜことさら初の、、と呼ぶのかは、そこで解き明かされている。

本書は、コーツが『アトランティック』誌に寄稿した九篇の記事(オバマ政権の間に記されたものが殆ど)を編年的に並べ、さらにそれぞれの記事に自らが解説を付すという構成になっている。その中には、コーツに様々な賞をもたらした「賠償請求訴訟」(2014年)も含まれている。この賠償とは、〈コーツ氏の考える賠償は、「250年にわたる奴隷制、ジム・クロウ法下の90年、60年間の『分離すれど平等』を経験したすべてのアフリカ系アメリカ人」に対するcollectiveなものをめざさねばならないのです〉(「訳者あとがき」から)。

コーツ自らが選りすぐった記事を集めた本書である。生井英孝氏は朝日新聞の書評で〈どれも古びることなく、そのつどの希望や困惑、失望や怒りを得がたく描き出す〉と評している。お好きな章からお読みいただきたい。

コーツは好戦的な反人種主義者などではない。それだけに、黒人が望んでいるのは「結局のところ、アメリカ人に与えられたすべての個人的権利のうちで最も重要なのは、平凡で、愚かで、未熟でいる権利だ──言い換えれば、人間的でいられる権利だ」(本書第一章)という彼のメッセージを重く受け止めたい。

『僕の大統領は黒人だった─バラク・オバマとアメリカの8年』(上)タナハシ・コーツ著
『僕の大統領は黒人だった─バラク・オバマとアメリカの8年』(下)タナハシ・コーツ著
池田 年穂(共訳)
慶應義塾大学出版会
上巻:272頁、下巻:240頁、各2,500円〈税抜〉

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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