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【義塾を訪れた外国人】
ジョセフ・ナイ:義塾を訪れた外国人

2018/10/11

  • 田所 昌幸(たどころ まさゆき)

    慶應義塾大学法学部教授

来歴

国際政治学を真面目に勉強した学生なら、ジョセフ・ナイの名前を知らないということはないだろう。それだけではない。日本の対外政策、とりわけ日本の安全保障政策の中核にある日米同盟のことを少し勉強すれば、この人の名前に必ずぶつかるはずだ。アメリカの有力な国際政治学者であるとともに、アメリカの対外政策の策定にも深く関与してきたジョセフ・S・ナイ(Joseph S. Nye Jr.)は、1937年ニュージャージー州で生まれた。1958年にプリンストン大学を卒業すると、ローズ奨学金(Rhodes Scholarship)を得て、オックスフォード大学で勉学を続けた。このローズ奨学金というのは、19世紀末のイギリスの帝国主義者として知られ、首相も務めたことのあるセシル・ローズが築いた巨万の富を原資に、アメリカやドイツからすぐれた学生に数年間イギリスで学ぶ機会を提供するという奨学制度である。歴代の奨学生には、例えば後に自身がアメリカへの留学生制度を作ることになるウィリアム・フルブライト上院議員、同じアーカンソー出身のビル・クリントン大統領など、アメリカの有力者の名前が連なる、非常に権威ある奨学制度である。

さてその後、ハーバード大学で博士号を得て学究生活に入った彼が、国際的に広く知られるようになったのは、1977年にロバート・コヘインとともに執筆した『権力と相互依存』(Power and Interdependence)の出版によるものであろう。「相互依存」という概念を学問的に洗練し、これを鍵に国際政治理論を巨視的に再構築しようとしたこの本は、たちまち、国際政治理論の必読文献となって英語圏で広く読まれるようになった。ちょうどそのころ大学院生生活を始めた私も、当時は学生にとってはとても高かったこの原書を取り寄せて、懸命に読んだのをよく憶えている。

おそらく日本人の学生の間でもっとよく知られているのは、『国際紛争』(Understanding international conflicts : an introduction to theory and history)だろう。同書はほとんど毎年のように改訂され版を重ねるとともに、2010年の第8版からはデイビッド・ウェルチ(David A. Welch)を共著者に加えて、常に時代の最新の展開を織り込んだすぐれた教科書と評価されている。早くからすぐれた邦訳が出版されたこともあり、日本人の学生の間でも非常に広く読まれているはずだ。

その他にも、1980年代に米ソの戦略核兵器をめぐる対立が顕著になっていた時期に、核兵器をめぐる倫理の問題に正面から取り組んだ『核戦略と倫理』(Nuclear Ethics)を発表して核抑止をめぐる倫理の問題に取り組んだり、やや濫用され気味だが日本人もよく使うようになった「ソフト・パワー」という概念を導入して、一時期には一世を風靡していたアメリカ衰退論に反論したりと、それぞれの時代の中心的課題に、常に正面から自分の立場を積 極的に語ってきた、アメリカ国際政治学界の第一人者である。

外交実務家として

アメリカでは伝統的に、研究者もしばしば政権入りして、実務の世界でも活躍することがある。ナイはその意味でも代表的な人物である。ハーバード大学のケネディ・スクールで教鞭を執るかたわら、カーター政権で国務副次官(1977-1979年)、クリントン政権では国家情報会議議長(1993-1994年)、国防次官補(国際安全保障担当、1994-1995年)を務めている。日本人の間でよく知られているのは、国防次官補時代の1995年に発表された「東アジア戦略報告」を取りまとめた、いわゆるナイ・イニシアティヴであろう。これは冷戦後、経済摩擦で不安定化した日米同盟を再定義して立て直し、中長期的な日米同盟とアメリカの東アジア政策の基礎となる方針を確立したものである。これは、1997年のいわゆる新ガイドラインが日米両国政府の間で合意されることにつながる、重要な政策形成作業であった。

上述のように、歴代民主党政権と関係が深いナイだが、2000年と2007年には、共和党系の安全保障専門家のアーミテージらと超党派の対日政策提言である「アーミテージレポート」の作成にも加わっている。このことから分かるように、アメリカの外交・安全保障政策コミュニティでは、党派を超えた権威を誇る人物である。アメリカの国際政治学会の大物であるとともに、対日政策の形成にも深く関与してきたという経緯もあって、オバマ政権が発足した際には、駐日大使の候補として取りざたされたこともあったほどである。

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