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【義塾を訪れた外国人】
ジェラルド・フォード:義塾を訪れた外国人

2017/07/07

記念講演

フォード大統領が三田で行った記念講演「アメリカ合衆国と日本・未来への責務」は、1987年当時の日米関係と現在の日米関係とが比較できるという、2つの興味ある点を提供できる。

講演の主題は、(1)現在の貿易不均衡の問題、(2)金融と財政政策の問題、(3)軍事的、そして外交的な協力関係の3点であった。今でも、貿易不均衡80年代初頭の貿易不均衡は、日米貿易摩擦、貿易戦争などと呼ばれるほど大問題であった。

この時代にとられた手法が為替政策である。1985年9月22日にニューヨークのプラザホテルでG5(米国・日本・英国・西独・仏の先進5カ国蔵相・中央銀行総裁会議)が開かれ、日本からは竹下登蔵相などが参加し、それは、「プラザ合意」と呼ばれた。プラザ合意は、為替レートの安定を目指したが、実際はドル高是正を意味した。どのくらい為替相場が変動したのかと言えば、プラザ合意以前では1ドル=250円程度だったものが、このフォード大統領の講演の頃には、1ドル=150円程度に切り上がっていた。これが、日本経済のバブル発生の原因の1つになるのである。

講演するフォード第38代米大統領

レーガノミックス時代

この頃の日本経済は世界の称賛の的であった。フォード大統領も次のように述べている。「金融と財政政策の問題ですが、日本は皆さんご存じの通り、経済運営の側面をとらえれば、西側先進諸国のなかで最も成功している国であり、過去20年、30年の日本の成功、これは非常に画期的なものがありました。その成功を可能になさってきた方々に、私は大きな敬意を払う1人ですが、日本の経済政策は自由世界の称賛の的でした」。今の学生諸君は、日本経済の右肩上がりや、バブル経済を経験していないので、インフレであるとか、ケインズ経済学からマネタリズムに軸足を移すアメリカ経済を実感しにくいかもしれない。

すなわち、87年当時は、すでにレーガノミックスの時代で、新自由主義が華々しくスタートしていた。イギリスのサッチャー、アメリカのレーガン、それに続いて、中曽根内閣の行政改革や規制緩和などの時代である。

ただし、当初はスタグフレーションからの脱出が主たる政策目標だったものが、この時期のレーガノミックスには供給サイドの経済に軸足を移していたが、貿易赤字と財政赤字の「双子の赤字」が付随していた。フォード大統領も「アメリカの経済成長率、GNPの成長率は、88年には2.5から3%であろうと、これは目覚ましい1つの成果だということができます。そしてその成果を可能にしたのはレーガン大統領であります。……しかし1つ時限爆弾といいますか、フランケンシュタイン的なモンスターとも呼べる危険があります。……アメリカの政府は、連邦政府の赤字の運営ということでは失敗してきました。この5カ年間の平均を取りますと、赤字は年間で2000億ドルぐらいになっておりました」と述べている。

湾岸戦争以前の中東情勢

この講演では、イランが問題だと指摘しているが、シャーの頃は、イランは近代化の先兵であったし、アメリカとの関係は良好であった。しかし、イスラム原理主義者のホメイニ師の政権ができると(いわゆるイラン革命)、アメリカとの関係は悪化する。87年当時は、まだイラン・イラク戦争(1980年-88年)は終わっていなかった。歴史の皮肉だが、アメリカが、イラク支援をしていた時期である。「ペルシャ湾でアメリカがこたえていなければ、ソ連は疑いもなくこの真空状態のなかに入って来ていたでしょう」とフォード大統領は述べている。この時期は、まだ冷戦が終わっていなかったのである。日本については、「軍事的にいろいろな制約があることは、私も承知しております。歴史的に軍事的な行動について、日本は制約がありますが、しかしながら日本の自衛力が強化され、5カ年防衛力の増強計画によって、その力も増強されてきており、日本は責任のある行動をとってきておられる」とプラスに評価している。

この後に、冷戦が終わるが、1990年には、レーガン政権から代わったブッシュ政権は、クウェート侵攻を行ったイラクのフセイン政権に対して湾岸戦争を起こす。日本のバブルが崩壊する時期である。この講演が行われた時は、日本経済のバブル崩壊までにはまだ間があり、日本にはかなり余裕があった。

この後の日本は、失われた10年、失われた20年を経験することになる。一方のアメリカは、1987年当時は、まだ世界のリーダーであり、国際秩序の維持のためにその費用負担を引き受けていたが、2017年の現在では、「アメリカ・ファースト」を唱えるトランプ政権の下、国際秩序の維持にそっぽを向くことが多くなった。その違いを見るにつけ、隔世の感がある。

私個人にしてみれば、このフォード大統領に思わぬ発言をしたことの戒めとして、大統領や首相はもちろん、リーダー達には細心の注意を払って、発言をするように心がけるようになったのである。

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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