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【義塾を訪れた外国人】
アルビン・トフラー:義塾を訪れた外国人

2016/10/10

  • 佐野 陽子(さの ようこ)

    慶應義塾大学名誉教授

トフラーの訃報

アメリカの未来学者、アルビン・トフラーの死去のニュースが地球を駆け巡った。2016年6月27日に、ロサンジェルスの自宅で87歳の生涯を閉じたという。

「日本の経済成長率はどうして低いの」と問われて困るシンガポールで働くお嬢さんがいた。この2、30年間、海外と比べるとずっと低迷をしている日本の経済成長だ。日本人でなくとも誰もが知りたいその原因だが、アルビン・トフラーはすでに警告していた。

現代社会は、かつての農耕社会、その後の工業化社会を経て、いまは脱工業化社会。それは知識が底流となっている情報化社会で、大量生産時代と異なり多様化社会である。ところが日本は、実態は進化しているにも拘らず、昔ながらの日本型工業社会の政治・哲学・制度に縛られているから時代後れになるという。

トフラーへの名誉博士号授与

時はさかのぼるが、慶應義塾は1990年にトフラー博士に名誉博士号を授与している。トフラーは、ジャーナリストとして世に出て、活発な著作活動を経て、すでにアメリカの有数の大学でも名誉博士を授与されていた。1970年の『未来の衝撃』、80年の『第三の波』、90年の『パワーシフト』、2006年の『富の未来』を刊行。いずれも超ベストセラーとして大きな反響を呼んでいる。とくに日本の社会や文化に関心が深く、日米間の貿易摩擦問題や日本の政治・経済・文化に対しても貴重な意見が披瀝されている。

トフラー博士は、1990年11月30日に学位授与式に招かれ、同時に「パワーシフト時代の日本」と題する記念講演会が西校舎518番教室で盛大に催された。『パワーシフト』の翻訳書が刊行されるにあたり、その内容を十分にお話くださった。全訳文は『三田評論』(91年3月号)に掲載されている。筆者は当時、商学部長としてトフラー夫妻を迎える立場にあった。

トフラー夫妻の日本に対する警鐘

トフラーは、50回以上も日本を訪れたという。来るとよく秋葉原に行くそうだ。日本について数々の進言をしているが、最後の大作『富の未来』によると次のような指摘がある。

日本では、第3の波(情報通信社会)への抵抗がまだまだ強い。経済やテクノロジーはグローバル化が進みやすいが、規制や制度は遅れがちである。とくに、過去の大企業経営者、長年勤めあげた官僚、同じ教材を使う教師などが要注意。

日本ではなお「終身雇用制」や「系列」が健在である。これは大量生産時代の遺物であり、小規模企業が無形の製品開発をすることを妨げる。また、ベンチャー企業が育たない。ベンチャーキャピタルが不足しても銀行は金を貸さない。その結果、通信業界の起業が少ない。日本の情報技術の特許の取得は激増しているのに、工業社会時代の煙突のような小さな分野別の規制が阻害している。

総じて日本では意思決定が遅い。また、男女間の分業もなかなか改善されない。そして、高齢化の波への対処が後れている。まずは、高齢者を非生産的と見なすのがおかしい。トフラーの生産=消費者説によれば、ボランティアも立派な生産者であり働く人たちの一角を成している。さらに、高齢者ケアの需要に見合うように外国人労働力も必要不可欠であろう。

トフラーらはエコノミスト誌から引用する。「製造業以外で日本が優れている産業はあるだろうか。国内の輸送費が高いから、物流、旅行、観光の発達が妨げられている。エネルギー産業と電気通信産業は、競争がないので事業コストが高い。法律・会計などの専門サービスはいまだに硬直的。高齢化に向き合う医療は国際的にみて生産性が極端に低い」。つまり、製造業以外は、国策に沿った保護政策によって経済運転のエンジンが十分に回転していないのだ。(『富の未来』236頁)

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