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【義塾を訪れた外国人】
オタイバ:義塾を訪れた外国人

2016/08/08

義塾とのつながり

以上、1980年代初頭までの湾岸産油国の置かれた状況とオタイバ氏の役割を見てきたが、石川忠雄塾長は80年の名誉博士号授与の式辞で、①同氏が石油価格設定に関して、一貫して石油消費経済を配慮した政策の主唱者である点、②同氏が日本とUAEとの間の学術・文化交流に関して、意欲的な姿勢を示している点を、期待を込めて評価している。

私はこの来塾時、エジプトのAmerican University in Cairo 留学中で、大学内のArabic Language Unit でアラビア語の習得に努めていた。オタイバ氏はこの時、義塾に5万ドルの寄付をされたのだが、当時の十時厳周法学部長より、法学部の中東研究に資するようなオタイバ氏からの寄付金の利用方法を考えるようにとの手紙を受け取った。

私はすかさずエジプトで購入可能な現代中東の政治、経済、社会、文化に関するアラビア語書籍(一部現地出版の欧文書籍を含む)をできるだけ広く収書し、義塾図書館へ収めたいと申し出て許可を得た。2年間の留学の最後の半年、カイロとアレキサンドリアの書店、Book Fair、大学、研究所などを歩き回り、ガーデン・シティの我々が住むフラットには、2千冊余りが積み上げられた。さらに帰国後、収書の過程で知り合った米議会図書館(Library of Congress)カイロ・オフィスのマイケル・アルビン(Dr. Michael Albin) 所長の紹介で、議会図書館の「中東収書計画」に参加するかたちで、1980年代にアラブ各国で出版された社会科学関係のアラビア語図書、雑誌類を継続購入し、同じく義塾図書館に収めた。カイロ収書分とLC収書分合わせて数千冊は、「法学部アラビア語図書」として現在は山中湖の書庫に置かれている。

その後、オタイバ氏は1981年10月と86年9月に来塾し、それぞれ「OPECと供給過剰」、「岐路に立つOPEC」というタイトルで講演した(後者の講演録は本誌1986年11月号に掲載)。どちらの講演でも同氏は、先進工業諸国が第1次石油危機を契機に石油備蓄をスタートさせ、第2次石油危機以降代替エネルギー開発に乗り出した石油消費節減の影響に言及している。

1980年7月、名誉博士号授与。石川忠雄塾長と面会。

日本にとっての湾岸産油国

日本-UAE貿易関係において、長くアブダビ首長国を中心にUAEは日本の輸入原油総量の約4分の1を供給して来ている(2014年で24.4%)。サウジアラビアに次いで第2位の原油輸入相手国である。

アブダビでは、アブダビ石油と並んで1970年以降合同石油開発とジャパン石油開発が油田の開発・生産に加わり、日本の「自主開発原油」総量の半分近くを出荷している。アブダビ石油は2012年既存3油田の30年間の利権更新と、新鉱区に関する新たな利権協定を締結している。

1986年と98年の油価暴落に際しては、石油輸出国は協調して生産削減を実施することで、何とか危機を脱することができた。しかし2016年現在の供給過剰と油価下落を取り巻く状況は以前とは大きく異なっている。サウジアラビアをはじめとする湾岸産油諸国は、核合意で経済制裁を解かれたイランが自国の石油輸出を使って中東の覇権国になろうとすることを恐れ、生産削減に踏み切れないでいる。

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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