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【義塾を訪れた外国人】
ワックスマン:義塾を訪れた外国人

2016/02/01

義塾最初の名誉博士

記念式典後の講演会だけでなく、仙台(23日)、東京(27日)、京都(1月3日)、大阪(4日)、名古屋(5日)と、地元三田会の協力も得ながら講演を行った。

各地の講演会でも、記念講演会と同様に、ワックスマンの講演と共に、北里柴三郎の功績に関する講演も行われた。北里の恩師ローベルト・コッホは結核菌の発見者であり、北里はコッホの下で彼が創製したツベルクリンの研究も行った。そして帰国後は、福澤先生の支援の下、養生園を開いて結核患者の診療に当たると共に、日本結核予防協会を設立して、結核予防運動の中心となった人でもあった。講演会の聴衆は、ワックスマンの偉業と共に、結核に関する研究と予防・診療の歴史、そしてコッホと北里の師弟の功績に触れたのである。

離日の前日、1月6日には、三田山上、義塾図書館の記念室にて、名誉博士の授与式が行われた。

義塾は、既に、義塾並びに日本の学界に対して顕著な貢献をした外国人学者に名誉博士の学位を授与する規程を作っていたが、その第1号がワックスマンに贈られたのである。

先述の、コッホ、北里、ワックスマンという結核研究の歩みを考えれば、義塾が授与する第1号の名誉博士としてこれ以上にふさわしいものは無い。また、ワックスマン自身も、伝染病の治療の新しい道を開いたのは、まずはベーリング・北里の抗毒素療法、次いでエールリッヒ・秦の化学療法、そして自身らの抗生物質であると、後にこの来日を回想して語っている。加えて、潮田塾長は、祝辞の結びで「塾と特別に関係の深いラトガース大学の学者ワックスマン博士に対して、本塾が最初の名誉博士の称号を授与することになったのは、誠に喜びに堪えないところである」と述べた。

福澤先生がその人柄を敬愛し、将来を期待していた小幡甚三郎は、明治4年に渡米、病を得て6年に29歳の若さで没した。そして、ニューブラウンズウィックのラトガース大学に隣接するウィロウ・グローブ墓地に埋葬されているのである。

ワックスマンは、帰国しても、潮田が甚三郎の墓所がどのようになっているか気にかけていたことを忘れず、墓所の現況を調べその写真を撮るだけでなく、地元の新聞に掲載された死亡記事、当時の日本人留学生に関する資料を探し出した。そして2月末には、授与式に立ち会った清岡暎一に宛てて調査結果を送ってくれたのである。福澤先生の門下生の海外での足跡を戦後最初に調査したのはワックスマンであったことになる。

ワックスマン財団の設立

ワックスマンは、各講演で通訳を務めた細菌学の牛場大蔵をはじめ、塾の医学部関係者と行動を共にすることが多かった。そして秘書役を務めた放射線科の加藤俊男が、医学部を案内した時のことを記している。

「当時は、医学部には未だ戦禍の跡があった。患者も医者も12月末の寒い日に暖房施設もなく、小さい土製の火鉢に炭火を入れて暖をとる有様で、各研究室を視察したワックスマン教授は、この荒れた研究室に兎や南京ネズミと同居している学究達を見て米国の恵まれた研究室と比較して大いに心を痛めた。3週間の滞在予定の終る頃ワ博士は私の自宅に来る途中で、ストレプトマイシンの日本に於ける特許料の半分を日本の貧しい学者に贈呈しようと云い出した」

これがきっかけで設立されたのが、日本ワックスマン財団である。

財団設立までには、製造会社との交渉、大蔵省、厚生省等との交渉など難しい案件があった。全権を委任された加藤は、別館の廊下の一部を事務室にするという不便な環境の中、粘り強く交渉にあたり、32年11月、ようやく設立に漕ぎ着ける。そして、翌年3月末に、ワックスマンを招いて財団の設立記念式典が開催されると共に、24件の研究助成金と1件の留学助成が交付された。ちなみに、名誉総裁は、ワックスマンが初来日の際ヘブライの歴史を語り合った三笠宮殿下である。

33年に信濃町の予防医学校舎と北里図書館の間に建てられたコンクリートブロック作り平屋建ての財団事務所は、昨年取り壊された。しかし、特許期限が切れた今日でも、ワックスマンの意図を大切にして、有為の研究者に研究助成が行われている。北里博士の学恩と、それを慕い未だ復興途上の中でも生誕100年記念式典を実施した門下生の気概のお陰とも言えよう。

最後に、昨年の北里研究所大村智氏のノーベル賞受賞にも言及しなければなるまい。土壌中の放線菌からの抗生物質の発見としてはワックスマン以来となる受賞であった。ワックスマンが初来日時に訪ね、30年には逆に同氏の研究所に招かれて1年間研究したこともある北里研究所の秦藤樹の下で研究し、その研究室を引き継いだのが大村氏である。

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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