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【特集:AIと知的財産権】
麻生典:AI生成物と知的財産法

2023/06/05

AI生成物の特許法による保護

1. 発明
特許法2条1項は、発明を「自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度のものをいう」と定義している。著作物の定義の解釈と同様に、発明の定義にも思想や創作という表現がでてくるから発明に人の関与が必要だという立場をとれば、AI生成物は発明と認められないことになる。他方、特許法における思想は技術思想であり客観的存在であるから、著作権法にいう人間の思想と結びついた思想とは異なると考えることもできる。また、発明が一定目的の技術的解決手段であるとすれば、発明は必ずしも人の創作であることは必要ないという解釈もありうる。こうした立場からは、AI生成物は発明であると評価される。

2. 主体
特許法29条1項柱書きは「産業上利用することができる発明をした者は……その発明について特許を受けることができる」と規定しており、この「発明をした者」は人が想定されている。こうした解釈を前提とすると、人ではないAIは発明者とはなり得ない。

3. 書類の記載要件
なお、特許出願の際の願書の記載要件として発明者の氏名等の記載が要求されており(特許法36条1項2号)、ここでも発明者は人が想定されている。

AI生成物の商標法・不正競争防止法による保護

最後に、商標法で保護される商標(SONYという文字商標や、欠けたリンゴのような図形商標)や、不正競争防止法で問題となる商品等表示(商標や商号など)については、人による創作を前提としていないから、単純な指示で作られたAI生成物であっても保護対象となる。

AI生成物の保護と立法論

以上のように、著作権法や特許法など創作を保護する法においては、単純な指示で作られたAI生成物の保護は困難な状況にある。そこで、その保護のための立法提案がなされている。

1. 著作権法
絵や音楽などのコンテンツについて、人による創作物とAI生成物に外見上差異がないことから、著作権法による保護を指向する立場がある。そうした立場では、著作物の定義における思想又は感情要件を改正するという提案がされる。そして、この立場では、著作者は存在しないものとし、著作権者については、著作権法29条の「映画の著作物の著作権は、その著作者が映画製作者に対し当該映画の著作物の製作に参加することを約束しているときは、当該映画製作者に帰属する」という規定、そして、著作権法2条1項10号に定義される映画製作者とは「映画の著作物の製作に発意と責任を有する者」という規定を基にすることが提案されている。すなわち、AI生成物の生成に「発意と責任」を有し、それを自己の名義で公表した場合には、その者が著作権を有するという提案である。著作者はいないから著作者人格権も発生しないが、著作者人格権については著作財産権等による代替の余地があるとする。

他方で、AI生成物の保護価値がその制作に要する投資にあるとすれば、著作権よりは著作隣接権による保護が望ましいとの指摘もある。

また、AI生成物を人の著作物だと偽る僭称問題への対応として、刑事罰の適用も検討されている。著作権法121条は「著作者でない者の実名又は周知の変名を著作者名として表示した著作物の複製物……を頒布した者は、1年以下の懲役若しくは100万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する。」と規定する(懲役部分は未施行である法律が施行されると拘禁刑となる)。単純な指示によって作られたAI生成物は著作物ではないので、「著作物の複製物」という文言は改正が必要であり、頒布以外の提供・提示形態も追加する必要があるが、刑事罰の適用によって僭称を抑止しようとする提案である。

2. 特許法
発明は人による創作が求められていないと解釈するとしても、AIは人ではないから、願書の発明者の記載については改正が必要となる。改正案としては、発明者を「AIによる創作に関与した者」若しくは「発明を所有の意思をもって占有した者」とする提案がある。

3. その他
その他、AI生成物が使用されることによって他人の商品等と区別できるような識別力が備わった場合に、その点に価値を認めて商標法・不正競争防止法類似の制度で保護すべきとの立場や、パブリシティ(顧客を惹きつける力)価値に着目した不正競争防止法内での立法も考えられるとの立場も示されている。

4. 立法慎重(不要)論
他方で、単純な指示だけで作られるAI生成物の保護の必要性が現状特に見受けられないことから、そうしたAI生成物についての保護は現状では不要とする立法慎重(不要)論も有力である。日本政府の立場としても、AI生成物の保護について継続的検討を行うということではあるが、現在のところ新たに立法しようという気運はない。

おわりに

では、どのように考えるべきか。単純な指示で作られたAI生成物について法律を改正して保護すべきかと言われれば、筆者は現在のところ懐疑的である。

単純な指示で作られたAI生成物に保護についての立法が考えられるとしても、立法慎重(不要)論が述べるように、新たに保護を与えるということはこれまで自由であった行為が禁止されることになるから、立法の必要性が問題となる。知的財産を保護しないと開発費等が回収できず新しい創作等が減ってしまうことから知的財産法による保護が必要だというインセンティブ論によれば、価値ある情報が保護されないとその創作がされないという状況が前提となる。しかし、現状では、AI生成物について知的財産法による保護が必要な具体的ケースは明らかにされていない(AI生成物が知的財産法で保護されていなくても、AI生成物は活発に作られていると言える状況かもしれない)。

そのため、AI生成物について何かしらの保護を新たに与える必要性を現時点で肯定することは難しい。今後の状況を見極めつつ、その保護が必要かを引き続き検討していくことが適切だろう。

〈注〉

*1 本稿は特許研究74号(2022年9月)45頁以下に掲載した拙稿「AI生成物と知的財産法」を基にしたものであり、当該研究はJSPS科研費 19H00573、21H03763 の助成を受けている。

*2 なお、他人の著作物をAIに学習させることは、著作権者の利益を不当に害しない限り、著作権侵害とならないとされている(著作権法30条の4第2号)。

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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