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【時の話題:これからのツーリズム】
マイクロツーリズムの可能性と地域の力

2020/12/18

  • 南雲 朋美(なぐも ともみ)

    地域ビジネスプロデューサー・塾員

Go Toキャンペーン、みなさんは活用されていますか?

新型コロナの影響で大きなダメージをうけた観光産業も、このキャンペーンのおかげか、地域には観光客が戻りつつあります。とはいえ、ワクチンはまだ完成しておらず感染者の数は世界で増え続けています。ウイルスの感染や拡散を懸念する観光事業者の中には「わが町にぜひ来てください」と声高に言えない方もいるでしょう。

新型コロナが地球規模で蔓延した理由は、それこそ人間が地球規模で移動できるようになったから。観光産業と「移動」は切っても切れない関係ですが、そもそも「観光」とは何かを考えてみたいと思います。

一説によると観光とは「地域の光を見ること」と言われています。「光」とは知恵のこと。この説によれば距離は関係ないことになります。

遠くに行かない観光は「マイクロツーリズム」と呼ばれ、星野リゾートの星野佳路さんが提唱しています。

見慣れた地元を旅して何が面白いのか、と思われるかもしれませんが、東京人が東京タワーに滅多に行かないように、人はなかなか足元には目を向けないものです。

佐賀県嬉野市に若手経営者が集まって地元産業を観光コンテンツに仕立てたプロジェクトがあります。「嬉野茶時(うれしのちゃどき)」というものです。地元向けのものでしたが、市民から高い評価をうけ、やがて、全国や海外からの観光客が訪れるようになりました。そして、銀座や六本木の有名ホテルや商業施設からの出店要請だけでなく旅行会社のコンテンツとしても扱われるように。今では、他の地域からプロデュース依頼もあるほどです。

彼らは市内の主要産業である「肥前吉田焼」という磁器、「うれしの茶」というお茶、それに日本三大美肌の湯と言われている「嬉野温泉」を連携させました。その核となる「嬉野茶寮」は、見た目はオシャレな日本茶カフェなのですが、その座組みに特徴があります。

お茶やお菓子を提供するのは、窯元と茶農家。目利きでセンスのよい旅館の経営者たちは空間演出と、サービス経験のない窯元や職人たちに接客トレーニングを担当。HPやポスターなどは地元出身のデザイナーたち。全員ほぼ手弁当だったそうです。

メニューは地元民にとっては日常的な「うれしの茶」と和菓子。しかし、その価格は通常の3倍近い800円。高額にもかかわらず、市民はこのイベントに詰めかけました。旅館の湯上り処に北欧家具を配してオシャレに改装した空間では、真っ白なロングサロンを着用した茶農家や窯元が、ゲストの目の前にひざまずいて、繊細なワイングラスにお茶を注ぐ。その姿は、まるで高級ホテルのスタッフそのものでした。

なんどもトレーニングを重ねて、伝え方を工夫した商品のこだわりや特徴説明もそれらの価値を高める結果をもたらしました。市民にとって、当たり前の存在のお茶や器も、誰がどのように、どんな思いで作っているかまではほとんど知られていなかったのです。家とは異なる空間で上質な接客をうけながら、職人たちと未知なる会話をする。身近なものが特別なものになった瞬間でした。

市民の高い評価は瞬く間に東京に伝わり、首都圏はもとより世界からも注目されるまでに発展したのです。

成功のポイントは2つあると考えます。1つは異業種がコラボしたことです。同じ市内にいても業種が違えば門外漢。お互いの仕事の何が魅力で、何が足りないか、を客観的に見ることができ、だからこそ、お互いにフォローし合えたのです。地域の魅力はよそ者にしかわからない、という声を聞くこともありますが、そうとも限らないのです。

もう1つは「非日常」の演出です。都会的なものが良い訳ではないのですが、お茶の産地に住まう市民にとってはワイングラスで飲むお茶やスタイリッシュな空間、洗練されたサービスは特別感満載です。旅には「非日常の体験」がとても重要なのです。

このプロジェクトのきっかけは「お茶の産地にもかかわらず、街にお茶を飲める場所がない。旅館のスタッフはお茶もまともに淹れられない。これでいいのか」という問題意識が経営者の中にあったことでした。恐らく市民もそう思っていたのではないでしょうか。

この取り組みを通じて市民が地元の名物を知り、他者に語る。地元メディアや関係者に加えて市民までもが嬉野市の広報になっていったのです。

マイクロツーリズムは結果として地域文化を高め、ひいては日本の観光力を高めると考えます。日本各地で魅力的なコンテンツが増えれば国内旅行の需要も伸びるでしょう。そうなればインバウンド需要はおのずとついてきます。

日本が目指す持続可能な観光経済の発展はまずは地元からだと考えます。

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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