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【時の話題:TPP発効】
グローバル経済の中のTPPと日本

2019/02/18

  • 渡邊 頼純(わたなべ よりずみ)

    慶應義塾大学総合政策学部教授

「環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定」(CPTPP、以下TPP11)が2018年12月30日に発効した。これにより人口約5億人、国内総生産(GDP)の合計約10兆ドル、貿易総額が約5兆ドルの自由貿易地域ができたことになる。

本来は米国も含めた12か国での合意が2015年10月に成立、翌16年2月には署名まで行われたが、米国のトランプ大統領が就任直後の17年1月23日に公約通りTPPから離脱する大統領覚書を発出し、米国はTPPから去った。発効の条件として、6か国以上が批准し、その6か国のGDPの合計が12か国のGDP合計の85%以上あることが規定されていたため、米国の離脱によってこの条件を満たすことができなくなり、TPPの発効は不可能かと思われた。

しかし、その後日本が米国抜きのTPP11の成立に奔走する。米国がいないTPPでは意義が半減すると考えるマレーシア、ベトナムなどの途上国、NAFTA(北米自由貿易協定)の改定交渉の方に高い優先順位を置くカナダやメキシコを日本が説得して、2017年11月にからくも合意に至ったのが今回発効したTPP11であった。

トランプ政権の保護主義的貿易政策が次々と現実になる中、TPP11をまとめるべく活発な経済外交を展開した日本には、TPP域外からも高い評価が聞こえている。特に2017年7月以降の交渉終盤では4回にわたる高級事務レベル会合(首席交渉官レベル)のうち3回が箱根などを舞台に日本の主催で行われ、過去に例を見ない日本のリーダーシップが注目を集めた。

TPP11はそれ自体では全体で7条しかないコンパクトな協定である。しかし、その第1条で12か国が合意したTPPの取込みを行っており、この協定が元のTPPに生命を吹き込む法的手段になっている。

第2条は「特定の規定の適用の停止」を定めており、米国が強く主張して元のTPPに入った22項目について、いったん「凍結」することを規定している。22項目のうち半数は知的財産権関係で、米国が強い関心を寄せた生物製剤のデータ保護期間(8年)や投資に関する投資家対国家の紛争処理(ISDS)の一部などが含まれる。これは米国がTPPに復帰した際にそのまま適用できるよう、いわば「お蔵入り」した形になっている。

第3条は「効力発生」を規定している。元のTPPと異なり、批准国の数だけを要件とし、GDP基準は外された。しかし、2017年の交渉過程では、一部の国がGDP基準を入れるよう主張していた。日本との二国間EPAを締結していたメキシコである。

筆者はメキシコ・シティで旧知のメキシコの首席交渉官と昼食をとる機会があり、なぜメキシコがGDP基準に固執するのかを尋ねた。その首席交渉官は、「日本が米国との二国間の自由貿易協定(FTA)を優先してTPPから抜けるのではないかと懸念しており、それを食い止めるために日本のGDP比率が大きいことを勘案してGDP基準を残したいのだ」と説明した。

筆者はこれに対し「トランプ政権が日本との二国間FTAを志向しているのは事実だが、日本はあくまでも米国のTPP復帰を求めていく。元のTPPが事実上の日米FTAと考えている。だから、日本がTPP11から離脱することは決してない。GDP基準を削除して、発効に関するリスク要因を少しでも減らすべきだ」と主張した。その直後の高級事務レベル会合でメキシコはGDP基準を取り下げることに合意している。

第4条は「脱退」を、第5条は「加入」を規定している。第6条は「本協定の見直し」となっており、米国の復帰に備えた条項とも考えることができる。第7条はTPP11の協定の正文が英語、仏語、スペイン語であることが明記されている。

それでは、TPP11でどのような効果が期待されるのか。日本が得意とする製造業の産品には、ほぼ100%の関税撤廃が約束されている。投資についても、投資の受入れ国が投資許可と引換えに技術移転などを強制することを禁じている。WTO(世界貿易機関)ではまだ規定されていない電子商取引についてもルールが合意され、ソースコードの移転・アクセス要求の禁止、サーバの現地化要求の禁止などが明文化された。国有企業についても、非商業的支援により他の締約国の利益に悪影響を及ぼすことが禁じられた。

このようにTPP11は貿易と投資に大きく依存する日本経済にとって極めて重要な意味を持つ。まさに「21世紀型のハイレベルなメガFTA」と言われる所以がここにある。トランプ政権下で保護主義的傾向が強まる中、TPP11が昨年末に発効し、またこれを追いかけるように日EUのEPAが本年2月1日に発効することは、自由で開放的な国際貿易体制を擁護する観点からも大変有意義だと言えよう。

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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